1年の12分の1
もしも許されるなら 眠りについた君を
ポケットに詰め込んで そのまま連れ去りたい
(心の旅・チューリップ)
#「ナスキ君に食べてもらってね」と、同僚が得意のブルーベリーのババロアを持って来てくれた。この人の作るババロアはとても美味しい。楽しみに帰宅してちょっと下駄箱の上に置いたのだが、車に荷物を取りに行っている間にネコめが器用にタッパのフタを開けて食べてしまった。くそう・・・・。
帰宅したナスキにその話をする。同僚に何て言おうか、猫が食べてしまった、って言いにくいね、と言うと、
「美味しいって食べたよ、って言っておいてよ。今度会ったときにもおかしくないように(話を合わせて)するからさ。」
良い悪いは別として、こんな大人な処理をするようになったのか、とちょっとびっくりする。今年のナスキの年賀状に中学1、2年の担任(今も体育を持っていただいている)が返事をくれて、「ご両親様へ ナスキ君は大人になりました。ご安心を」 と書いてあったのが印象的だった。 この先生に親子で呼ばれて「ナスキ君は4月から10月まで一度も宿題を持ってきません!」とこってり搾られたのが昨日のようだ。
#ナスコはまったく要領悪し。毎晩帰りが深夜11時12時、持ち帰って1時2時まで仕事、というか勉強している。適当にやっとけばいいのにと思うけど、夫や母は若い時勉強せずにいつするの、と言う。そうか私はこれだからダメだったのかと思いながらも、嫁に行くのなら少し言っておきたいことがある。具体的な料理や洗濯は行ってからいくらでも自分で習得すればいいと思うけれども、母娘には口伝えの相伝で伝承することというのが、あるものだ。正確には私は母に習っていない。祖母に習った。まあ、それはいいのだ代が飛んだだけの話だから(笑)
あれでよく体力が持つなと思うけれど、「菜の花マラソンで40キロ走りきる体力があるんだよ、私は。平気。」という。私から生まれたとは思えない。土日くらいはゴロゴロすればいいのにと言ってもきかない。土日はデート。若いんだなあ。
#夫は。体鍛えマニアになり、ゴルフをしない日曜はせっせとマラソンや歩いて遠出をしている。B型体質も先鋭化(笑) 私に隠れてまた新聞に投稿を考えているふしがある。
一体、何の主張よ今度は?
「絆、絆ってなんか嫌だ俺。本当に絆というなら、困っている放射能汚染の瓦礫を引き取ってもいいんじゃないかい?」
えっ? 引き取れってこと?
「違うよ。嫌なら絆絆言うなってことだよ。偽善的じゃないか。」
ああ。そっち。
だけど新聞投稿はやめてね。うちはお客様商売なんだからね。お願いよ?
#私はと言えば。オシャベリな癖はちょっと影を潜め、人生にくたびれた気がする。感受性が落ちて年取ったなと思う、AKBがいいとか、いきものがかりがいいとは思えない。70年代、80年代の曲は今でもいいな、と思う。これはたぶん、新しいものに順応したり取り込む心が衰えているかも。
ただ、以前はグリーンがいいと思ってなかったけれど、今は私的空前の観葉植物ブーム。元はと言えば、ぐずるクライアントに私が育てていたグリーンを寄せ植えにして、お歳暮に貰った鉢植えのラッピングをそのままスッポンと鉢を抜いて私の寄せ植えを入れて持たせたら、(買ったものと勘違いして)すっかり喜んで機嫌が直ったと聞いて「グリーンって役に立つじゃん!」
あれもいい、これもいいなと見ているうちに面白くなった。すると凝るのが私の癖。今やそこら中にグリーンの鉢が増えてきた。
いつか職場を去る前に、もう一仕事するかな。
#消すかどうかいつも迷う財津和夫の回のNHK「SONGS」を、見ている。消す前にもう一度見るのだが、勿体なくて結局消せない。
#一月ももう終わりだね。一年の12分の1終わり。


