コッチニイル?アッチニイル?コチニール。

 

#久しぶりに日高敏隆先生の本を開く。「動物にとって社会とは何か」(ランダムハウス講談社)

漠然と、私が考えていたことが、まとめられていて、このことを考えついた私は天才ではないかと思ったが、勿論私が考えつくことくらいは様々な世界の第一人者が考えついて論文にまとめているのだった。。。ちうか元々、日高先生の受け売りだったのかも?

 

私がこの人の考えに賛同し未来を心配するのは まさにこの人口問題についてだ。

 

一部を要約するとこうなる。

------多くの動物は本能的な個体数の調節機能を持っている。食物が減れば自然に妊娠しなくなり新しく個体は生まれない。食物が増えれば一度に沢山の子を妊娠する。そういう風に出来ている。個体数が増えると天敵の餌が満ちあふれ、天敵が増える。すると捕食されて元の動物は減る。自然にはそういう数を調整する機能が働いている。

 

 

ところが、人間はそれがない。人類は出生を抑える効果を持つ宗教上の戒律、社会的な掟やタブーは作った。しかし宗教の戒律から自由になりつつある現在、それ以外に人類の個体数を調節するものはないのだろうか。

 

2つある、それは、伝染病の大流行、もう一つは戦争だ。

伝染病の大流行が収束すると、人口は大幅に減る。生産はかなり打撃を受けるが多くは回復可能であった。1348年のペストの大流行の後のように地下や家賃が下がり、小作料も安くなり、賃金が上がるという現象が起こる。つまり年は伝染病のおかげて「人口の重荷」を下ろしたのである。

 

 

 

戦争の人口学的研究者によると、戦争は過剰人口、特に人口の中で若い人間の率が著しく高いときに起こる。これは過剰人口ならかならず戦争が起こるという意味ではない。戦争の直接の原因は主として経済問題で、それがつもりつもってゆくうちに、多くはかなり些細な事件をきっかけに戦争が起こっている。

 

 

太平洋戦争当時のドイツでは子供を産むことが奨励されていた。子供の数が増えるほど、税金その他に大きな恩恵が与えられたからだ。人口が過剰になり20歳前後の人間の数が多くなってきて、しかも産業、住宅、食料その他の生活条件の改善のテンポがそれに追いつかないと人々の間に何とかならないものかという気持ちが出てくる。

 

それが必ずしも戦争による削減を求める気持ちに発展するわけでは無いが、結果的に戦争が起こった場合、生殖年齢にある男子が大量に減る。それに伴い、多くは伝染病、飢えなどの因子にっより、戦場以外での死亡も増える。こうして人工的な重荷が下ろされる。その後当分の間戦争は起こらない。人工的な緊張状態は昔からこうして戦争によって自己弛緩に達することが多かった。だから戦争は一定の年月に一度繰り返して起きるのである。

 

 

 

戦争の結果人口が減り、とくに戦争が正職力の高い若い男を選択的に死に追いやることによって人口の増加は一時的に緩くなる。少なくとも戦争の継続中は出産が減る。---------要約終わり

 

 

私が心配するのはこのくだりである。要するに、日高先生の意見では、戦争が起きるのは人口過剰になった場合だという。人類の最も原始的な部分が働いて起きる、ということになる。そういえば日本が昔戦争をしたのも、富国強兵で産めよ殖やせよのスローガンのもと、人口が増えた時期では無かったか?

日本は今人口は減っているが、隣に13億とも14億とも言われ、更に一人っ子政策がなくなってどんどん増え続ける国がある。この後この隣国はどうなるのだろうか。日本は巻き込まれずに済むのだろうか。戦争は、戦争反対、と叫んでみてもしょうがないのである。誰だって反対に決まっている。でも世界の人口を調整しないとどうしても起きてしまうことなのだ。

 

どうか孫、ひ孫の時代に、この先日本の行く末に影が落ちませんように。

 

 

 

#婿が、コチニールという食用色素の話をナスコにした。名前を最近あまり覚えない。コッチニイル、アッチニイル?ドッチニイル? って覚えれば良いね! 

ネットで調べてみた。潰した体液はまるで口紅色で、ハム、いちごパフェ系、かまぼこなどあらゆるものに入っているらしい。婿は結構神経質なたちで、これを見たら赤い物は食べたくなくなった、という。どれどれ? ちうわけで私もそれを見てみた。なんと、南米ペルーで養殖?されているカイガラムシの一種なんだそうだ。一目見ると気持ち悪くて、口紅はつけたくなくなった。しかーし。そういうわけにも行かんぞなァ。こんな婆さん顔ではせめて唇だけでも乙女色にしたいもんなあ。

 

 

 

#世の中の人は認知症を分かっていない。分かっていたら自己申告で運転免許証を返納、という話にはならない。返納しているのは、結局、別に取り上げなくてもそう問題の無い人で、本当に取り上げなければならない人は(つまり病識が無いほど認知症の進んだ人は)決して自分から返納するとは言わないものだ。

 

しかし、私は決して未来を諦めてはいない。私の目の黒いうちに、介護用のロボットが出来て、かなり認知症が進むまでは在宅で独居でも暮らせるようになる。車はタッチパネルで地図を触ると自動的にその場所に行くようになり、車が車を追い越すときはバッタのようにジャンプする。私が乗るには間に合わないかもしれないが、遠からず将来、人間用ドローンが出来る。透明な風船の中に人間が座って乗れるようになっていて、人は空を飛んで移動するようになる。見たいものだ。

 

 

 

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ノーブレス・オブリージュ 

ノーブレス・オブリージュ

〜入試での男女差別を考える

 

 

手水鉢の中のカエルの卵

 

#東京医大の入試で男女差別をして、女子に係数を掛け、合格者数の調整をしていた話で。

 

ナ「どうしてバレたのかな?」

夫「裏口入学の収賄容疑で調べが入って、一人ずつこの子はどうして合格した、どうして落ちた、を確認したら、自然と女子のこの子は点数がいいのになんで落ちたの?ってことになったのよ。」

ああ。そうか。

 

 

また乱暴なやり方をしたものですね、受験生に(男女で合格点が違うという)説明は一切されていませんでした、と言っていたが、では説明し納得して貰っていればいいのか? 

 

#裏口入学はともかく、東京医大の入試で無くても男女に差別があるのは今に始まったことでは無い。

 

 入試現場では私も自分や子供たちの学校を見て男女比の差はあったが、ここまで多いかなと思うことはあった。能力的に男女でそう差があるわけではないから、普通に考えると男女の受験者数の比率が大体男女の合格者数の比率と相関していると見るのが普通じゃないだろうか。

どこの塾の偏差値だったか忘れたが堂々と女子の偏差値はこれこれ、男子のはこれこれ、と出ていたのを見たことがある。理由はいろいろだ。当該学校の近くに優秀な男子校があると男子の1番手はそっちに取られる。共学の最優秀校には男子の2番手と女子の1番手が来るから、女子の偏差値が高い。また、共学の学校が県内1番手の場合、ライバルは県外校になる。すると今度は大学入試で東大や医学部がすぐ週刊誌に載るから、そういう所を志望してくれる子、つまり男の子が通りやすくなる。通りやすくなるということは操作方法は知らないが、偏差値は下がる。元々諸般の事情で男子と女子は偏差値が違う部分がある。


公務員だって政治家だって一流会社だって男女差別はある。県庁や市役所の正月や暮れの仕事納めがニュースに写るとこりゃびっくり不思議なほど男が多い。っていうか、男しかいない。私が結婚するとき、仲人さんは某大学の教授だったが、この人は「うちの医局には女は入れない」と公言してはばからなかったし、私が就職するとき、教授に紹介された最初のところで「うちは女の人は採用しないんです」とはっきり言われた。曰く、「女は育ててもすぐ結婚して辞めちゃうから。」
私にとって社会は初めてのところだったので、はあ、そういうもんか、と思った。
男女雇用機会均等法、とか、求人の時に男女で採用してはいけません、等と法律を作って叫んでみても、根本的なところを何とかしないと事態は変わらないと思う。
歴史的にそういう風になっており、それはまだ1ミリも改善されていない。
#では根本的なところ、とはどこか。
それは、女が結婚や出産、現代では介護で退職するかどうかのところだ。
もう結婚で寿退職なんて骨董的な人はあまりいないと思うが、それは止めて貰いたい。問題外だ。
私も最初の子の時は8ヶ月くらいまで働いていた。最初の子の時はぎりぎりまでやれる。でも二人目の時は上の子を
みる人が必要になる。それと、夫が多少は育児に動いてくれないと親が近くに居ない場合どうしようもない。
この辺のところを、もう少し社会で何とか出来ないものか。いくら人手不足の、税収減のと言ってみても、子供をみてくれる人が見つからなければ働くことは出来ない。
私の母は生涯現役で、出産も私の時は数週間、妹の時は1週間しか休まなかった。そしてずっと、お手伝いさんを雇うか、自分の母親に近くに引っ越して育てて貰った。考えてみれば女親だけに、全てお任せしている。そうでないと仕事は出来なかった。
働けないと退職する、退職すると税収は減り、女はどうせ(子供を産んだら)辞めるから、せっかく育てても戦力にならない、夜の勤務や残業に就いて貰いたくても子供が子供がで戦力にならないよね、じゃあ初めから女の採用をやめよう、女は入試で落として男をとっとけ、という話になる。
実際現場は相当困ったのだと思う。現場は動いてくれれば男でも女でも良い。でも女がやらないという以上、男を養成しておかないとシフトが組めない。救急車でも手術室でも患者は死ぬということになる。

大学に残らない(研究・教育をしない) 外科など激しい現場を希望しない(最近は稀に女性も見かけることがあるようになった)

救急など激務の現場での医師不足、関連病院の派遣医師不足、などがあるだろうか。

 

 

しかし、医師不足と言われているが、実はそうでもない。居るところには居る。余っているところもある。要するに偏在している。昔は医学部は卒業したら一旦どこかの医局に入り、そこから教授、医局長の命令で関連病院に派遣されていた。この方式だと大学が責任を持って派遣してくれるので、どんなに田舎でも行く人が居ないという事態は起こらなかった。しかし最近インターン制になって大学入局方式は某省に睨まれ、ズタズタにされてしまった。若い医師はみんな都会に行き、地方には誰も居なくなり、地方の公立病院は診療科をなくしたり病院を潰したりしている。では医師が居ないかというと、例えば福岡市内などクリニックが山ほど出来、どんどん潰れている。

 

 

 

医者の場合、例えば脳梗塞や心臓病で救急車で運ばれる人に対し、深夜でも早朝でも担当の夜は非常招集がかかる。子供が居る人は夫がみてくれねば、夫が仕事に出る時間なら保育所がみてくれねば女が仕事に入ることは出来ないだろう。結局、社会が見てくれるのが一番合理的だ。勿論、産むだけ産んで、育てるのは女性的なイクメン君でもいい。産休1ヶ月くらいあればそろそろ現場に戻れる。その場合今までのように妻が能力的に自分より上、というのではなく、ちょっと社会的には頼りなく稼げないが家事はよくやってくれて、妻の転勤につきあって自在に動いてくれる男が良い、ということになるだろうか。とにかく社会のシステムと皆の価値観を変えねばならないのだ。

 
#そしてもう一つ。東大に行ったような女子(勿論比喩的表現です)や医大なり優秀な人が行く学校を出た人は、専業主婦になって仕事をしないという選択肢は無いと思って欲しい。あなた方には公費、税金が投入されていることをご存じだろうか。一人医者にするのに1億以上かかると言われている。私立いっても1億も教育費はかからないから、残りは国が出している。主婦になるならその分は返して欲しい。奨学金だって防衛大学の授業料だって、任官拒否すれば払わなくてはならない決まりになっている。主婦になるだけなら高学歴は不要なんじゃないか? 勿体ない。主婦を育てるのにふさわしい、しかし優秀な学校はいくらでもあるじゃないか。
男子でも女子でもいいが、生涯働く覚悟がある人に、その席を譲ってあげて欲しい。逆に言うと自分が高偏差値の大学や医大等を卒業したならば、生涯働く覚悟を持って貰いたい。社会のお金を使って学業を修めたのだから、社会に貢献し、お返しするのが当たり前じゃないか。そのことを、教育はあまりにも何も言わなさすぎる。
この人たちにやる気を出させやる気のない者には遠慮して貰い、仕事をしていけるようにインフラを整備し、頭の固い人々が変な主張しないよう全体が変わらねばならない。
女も自分の頭、技量を磨いて自分は自分で食えていくようにならないと いつまで経っても男女差別は無くならず、男に負けて生きていかねばならない。ふくれているだけでは駄目だ。
#古い西洋の考え方に、ノーブレス・オブリージュ というのがある。
ウィキによると、「直訳すると『高貴さは(義務を)強制する』を意味し、一般的に財産権力社会的地位の保持には責任が伴う

 

倫理的な議論では、特権は、それを持たない人々への義務によって釣り合いが保たれるべきだという「モラル・エコノミー英語版)」を要約する際に、しばしば用いられる。最近では、主に富裕層有名人権力者高学歴者が「社会の模範となるように振る舞うべきだ」という社会的責任に関して用いられる。」とある。

 

 

 

私はこの言葉が大好きだ。この場合でいうと高学歴である者は、それなりの振る舞いをしなければならないという社会的責任を持つ。T大に行ったとしても多くの人に迷惑をかけ、刑務所に入って、しかしそのことを自慢げに本に書いたりする、というのは高貴さはカケラもない。少し前に有名人というだけで模範的でない行為があると袋だたきに遭う、理不尽だとテレビでこぼしている人が居たが、当たり前だ。お陰で儲かってるんじゃないのか。そこには責任が伴う。

 

持てる者は社会に貢献していかねばならないというエリートの矜恃について もっと関係者は教育をすべきだ。

 

 

 

 

 

 

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沈下橋

 

 

#6月の日記は、途中まで打っていたのが保存のミスで消えていまい、吹き飛んだ。更に打つ元気なし(笑)

 

 そして7月ももう終わり。

 

#写真は宮崎県西都市にある速川神社。夫と日帰りでひまわり畑を見に行ったがほぼ終わっており、残念なので近所の観光スポットに行くことにする。速川神社は階段を降りて一ツ瀬川にかかる沈下橋(潜水橋;増水したときは水没する)を渡り、対岸870メートルと書いてあった。870メートルならたいしたことないやと思い、行くことにしたがたいしたことないどころではない。870メートルはほぼ全行程急坂で、ナスカさんは死んだ。

 

 

 

#デパートに出かけてトリーチャーコリンズ症候群の子を見かける。よくこの名前を覚えていたな、と自分でも思ったが、たぶん思い出したのは学生時代勉強したとき以来だ。出現率は10000人に一人だから相当数いるものと思われる。一度だけこれはそうではないか?と思ったことはあったが、明らかに間違いなくそれだ、と思ったのは初めてだった。ダウンのように特徴的な容貌になる。

 

 

ググる相談室で「どうして子供を産まないといけないのですか」「障害のある子を産んだらどうしようと思うと怖くて妊娠したくない」というのがあった。

 

こういう問いをぐぐる相談室に駆け込んで相談する人とはどういう人であろうか。 子供を産み育てるとは腹をくくらないと駄目だ。くくれないのなら止めておいた方がいい。

 

「私はにんじんが嫌いです。親や周囲に食べろ、食べた方が良いと言われますが食べないといけませんか」とか、「「交通事故を起こしたらどうしようと思うと怖くて運転したくありません、でも親は就職に必要だから運転しろというのです、どうしたらいいですか」私はたばこ屋で何度も叫んだが、自分の事は自分で考え、決めることが出来ない人のなんと多いことか!

 

 

ナスカ先生に聞くのであれば答えはこうだ。「ニンジンはカロチンを多く含み、肌も白くなるし扁平上皮癌を予防する効果もあります。食べた方がいいと思いますが、食べるかどうかはあなたの意思次第です。」

 

とか、「車は便利だと思いますが、事故が心配で運転したくないなら運転の必要の無い職につけるよう努力し、他の交通手段を使いなさい。」

以上終わり、かな。

しかし 子供のことはそうはいかない。

 

 

私は、結婚はしなくてもいいと思うし、嫌なら無理に子供を産まなくてもいい。しかし、結婚しない、子供を産まないのであれば社会に参画して貢献できることを考えるべきだ。その状況で専業主婦は周囲の理解が得にくいだろうと思う。

子供を産むのは本能だ。病気が心配だから産まないというのはそちらの本能が弱いか、腹をくくり切れていないのだろう。強い部分で勝負していけばいいんじゃないか?

 

家も、国家も、子供が生まれないと維持していけない。少子化で絶える家が多いから墓の跡見がいなくなり、墓じまいという話が出てくるのだが日本国には出来れば残って欲しい。こんなにいい国が 子供が生まれないと言うことで絶えるのは残念だ。日本が維持されるために最低限の赤ちゃんは生まれて欲しいと思っている。

 

 

 

 

 

#どうして親戚や親が子供を産んで欲しいか。それは集団が大きい方が個人が生き残り易いことにあると思う。ペンギンを見よ。コウテイペンギンは南極で極寒の真冬、卵を産む。卵がかえり、少し大きくなって餌が沢山必要になる頃、海に食べ物が豊富に溢れているようにするためだ。そして巨大な(数万〜数十万羽)コロニーで零下60度の中、身を寄せ合って暖を取り、みんなで生き延びる。

 

 

ネアンデルタール人とホモサピエンスは最近の研究で同じ時代に生きていたと言われている。日本人の遺伝子の2〜3パーセントはネアンデルタール人のものが入っているらしい。ネアンデルタール人は絶滅した。最後の一人のネアンデルタール人が残したと言われる岩に掘った#のマークがどこだかに残っているらしい。

 

 

 

このネアンデルタール人と生き延びたホモサピエンス、どこが違っていたか。ホモサピエンスは400戸くらいのかなり大きな集落を作り集団で暮らしたが、ネアンデルタール人は習性として家族だけで暮らし、その遺伝子は交雑が内輪だけで行われたため、ウイルス、天災、あらゆる災難に出会ったとき、乗り越える遺伝子が単一で弱かった。ホモサピエンスは遺伝子に多様性があり病原菌に強かったり、集落を形成したため、天災、その他あらゆる場合に助け合って生き延びることが出来た。社会性があり、協調出来る社会は生き残る確率が上がる。社会性があり、協調出来る社会とは何か。それは全体のことを考えて個人が動き、個人を考えて全体が動ける集団である、ということだと思う。中学の時教室に「ひとりはみんなの みんなはひとりの ために」と額に入った書がかけてあり、当時はそれが説教臭くて嫌いだった。しかしこの年になるとその本当の意味に気づかされる。

 

 

赤ちゃんを産み、子供を育てることは社会に貢献できる。

産まなくても社会に参画して仕事をしていく、それもまた、社会に貢献することだ。

産んでも産まなくても 社会に貢献する ということを一義に考えて生きればそれでいいのではないだろうか。

 

 

 

 

#年をとることの本当の寂しさは味わったものでないと分からない。多分私も、90才の人の寂寥感は理解していないだろう。

 

 

 

 

| - | 11:22 | comments(0) | - | pookmark |
エリザベス=流星号をよろしく

#友人Tの父上が、心臓が悪く糖尿病やなんや、いろいろ持病があって、とうとう敗血症になった。私の父も最後は敗血症だったが、昔も今もこれになると助からないことが多くい。40度を超える熱が何日も続き苦しい思いをする。もっとも本人は意識がないことが多い。この家族にとってははすこぶるわがままで面倒なお父上が、しかし、少しは意識があり、お母さんにとってはただ一人の生きがい、大切な、替えがたい存在なのだった。この父ちゃん何を考えたか池の水を抜き、畑にした。大方の作業を一人でやってのけたが、作業中に足をケガする。糖尿病があるのであっという間に全身に菌が回り高熱が出てつまり、敗血症になった。齢82歳。声をかけると薄目を開け、返事はする。切って治れば、元通りになる。代償として足は膝から下がなくなるが。

 

 

T子「一体どうしたらいいかしら?」

 

相談を、と言ってどうにもできるわけでもない。地域の中核病院で手に負えないと言われ、先進医療ができる病院のICUに運ばれた。当初はジリ貧に思われたが、検査の数値が奇跡的に持ち直し、意識も呼べば目を開け、少し話す程度になった。ここで家族は医師によって決断を迫られることになる。

 

「今なら、足を切れば助かる可能性があります。12時間以内にどうするか決めて下さい。明日手術しないなら生き延びる望みは0で、どちみち数日中に亡くなるなので、管は全て外して後方の(看取る)病院へ転院して下さい。」

 

家族には、ここで死なせる決心がつかなかった。当人の妻は五体満足で死なせてやりたい(私に言わせるとかなり文学的な感覚だと思うが)と言い、手術に反対だった。しかし子供たちには、今ここで死なせる決心がつかない。また、妻も夫に死なれたら一人では生きられない人だった。

 

このケースを、うちの夫にどう思うか聞くと

夫「S病院(ほどの病院)が切るしかないと言ってるなら切るしかないだろう。」 

これが私の足だったら?

夫「もういいかなぁ。安楽死。」 エー−−っ!

夫「あんたはどっちと言って欲しいのよ?」 ・・・・・ワカリマセン。。。

 

 

 

 

#ところで、このTさんのお父さんは倒れるまでいろいろ病気はあっても一応認知症もなく自分で歩いてぴんぴんしていた。ここらの方言でぼっけもん、というが、言うことを聞かない、常識を外れた豪胆なことをする奴、というような意味か、、、この手の人だった。繰り返しになるが、倒れる直前 家の池の鯉を全部捕まえてひねり出し、そこに土を入れてスイカを植え、畑にした。その時 木片か金属片か何かで足にけがをし、その傷からバイ菌が入り持病もあってあっという間に敗血症になった、という経緯である。

 

この夫婦の間には複数の子供が居て10人余の孫がいた。その孫の一人に不登校になった勘の強い子が居て、少し霊的なインスピレーションがある子だった。この子がしきりに池のことを気にするので、その子の叔父さんに当たる人がやむなく父親が埋めた池の土を出してまた水を入れようとする。ところがお父上はご丁寧にも 池底をはつって(斫る はつる 岩盤やコンクリート、セメントなど固めたものを機械で砕くこと)(水はけが良くないと植物が根腐れすると思っての事だろう、)破っておいたらしい。池の底は割れて水は溜まらず、底の割れ目から土の中へしみ込むようになってしまった。

 

 

しかし、足を切る手術の後も高熱が続いていたお父さんは、T子さんの弟が池の土を出した時点で急速に解熱し、食べ物を管で入れるところまで来た。

 

 

T子「弟はどうせ水をためても魚を飼わないとボウフラが湧いて困るだけだよ。もうこれでいいや、ってそのままになってる。」

 

ナ「・・・・そこらで売ってる修復材買って来てヒビを埋めて、池、元に戻した方がいいんじゃない? もしくは、・・・拝み屋さんに来てお祈りして貰う、とか?」

 

T子「うーーん・・・」

 

今でこそ経験上、私もこんなことを言うようになったが、、、昔は私も 事業所の私の使っている部屋の裏に池があって水神が祭ってある、当時 居たスタッフが、水の音が五月蠅いし枯山水にしたらどうですか、と言ったことがあった。今思うとようこそしなかったものだ。あの時それも悪くないかなあ(と思ったのは池の水が漏れて修復にお金がかかりそうだったため)と思ったのだが、枯山水にするとするとそのためにまたお金がかかる、と思ってやめたのだった。

 

 

その後、私の住んでいるT駅付近は大規模な(K県の都市計画は本当に凄い規模でやる。どこまで意味があるのかと反感を持つこともあるくらいだ)駅前の再開発があり、住宅の移転が相当数あった。そのため池があったり水神が祭ってあったりする所がなおざりに放置されたりお祓いも無く埋められたりして、そんな家の人に変な病気が相次いだ。訳の分からない高熱だったり、白血病のような恐ろしい病気だったり。偶然と言えばそうかもしれない。でも本当に多いのである。そういうわけで、信じているわけじゃないけど信じている、というような、実に曖昧な私になってしまった。自然科学者がそんなことを言って良いのか、という思いと、でも本当にそうなんだからしょうがないじゃない?という思いと。

 

 

 

 

 

 

 

 

#某会議で。最後にスタッフの一分間スピーチというのがあり。近況、疑問、その他何でもどうぞ。それに対しナスカさんが一言コメントをつけます、というコーナーなのである。面白いなと思う話題については文章化して広報誌に載せる。

 

今日のはSさんのもの。

S「私の子供は二人とも障害があって多動なんです。幼稚園の時は何も問題はなかったのですが、PTAで子供の障害のことを話してありました。でもいろいろ言われて。あなたが言ったせいで、同じ障害を持つうちが変な先入観を持たれて子供の人間関係がうまくいかなくなった、とか、うちの子ももしかしたら同じ障害じゃないか、とか、波紋が凄かったんです。

 

今小学校に上がって、まだ障害のことは誰にも何も言ってないのです。それは幼稚園の時の同じタイプの障害のあるお母さんに、言わないでくれ、と言われたからなんですが、私は言っておいた方がいいんじゃないかと思うんです。今うちの子は学校で問題児になっていてうまくいってません。言った方がいいでしょうか、どうでしょうか? 皆さんのご意見を伺いたい。」

 

 

ナ「それはあなたが決めることです。あなたがよくよく考えて、言うべきだと思ったら言うことが正しいし、言わないでおくべきだと思ったら言わないことが正しい。要は、あなたの家、あなたの旦那さんとあなたの価値観や方針で決めて行くことだから、二人でよく話し合ってどうするか決めなさい。決めたら自信を持って、事を進めなさい。決めた後には誰が何を言っても決して迷ってはいけない。」

まるで占い師のようだ>私

 

 

 

#話していて、足を切るも障害を話すか話さないかも、とどのつまりは同じだよなァ。つまり、正しい、正しくないはない。価値観の問題なのだから、思い切り迷って答えを何とかひねり出し、その時点ではその答えがベストだと思って進むしかない。決めたらその方針は決して変えないし迷わない。

 

(ただ、足の話はタイムリミットが12時間しかなかったからなあ。12時間では人の生死は決められない気がする。本人なら決められるかもしれないが。人はそう簡単に死ねるものではない。神の決めた時が来るまでは。)

 

 

 

 

 

#福島で関東在住のみんなと話したとき、1人を除き、車は持っていないと言っていた。

 

「だって要らないもん。バスは5分とか、長くても7,8分待てば来るし電車はいくらでも来るし。ナスカちゃんそんなローカルに住んでるの?」

うーん 車がないと生活できない。バスは1時間に1本来ない時間帯もあるしなあ。私はみんなが大好きだが、東京23区の人に土人(かなり好きな死語・放送禁止用語)の暮らしへの理解はちょっと難しい気がした。

 

 

車は、マツダ(ずっとマツダファン!! 頑張れマツダ!)のアクセラに乗っていたのだが、ある日ナスキがどうしても車が欲しいと言い出した。曰く実習で県内遠隔地の実習先に通わねばならない事が増え、車が無いのは負担になる、というのである。どうしても親が買えないというなら自分で10万の軽でもいいから買うという。

 

仕方なく私のをやることにした。6年めの車検が来るところだが、故障無くよく走るし、ある程度大きいから高速走行にも耐えるだろう・・・・。私には少し大きいな、と思い始めてはいた。買った頃は 大人の体格になった子供たちや夫を乗せて走ることが殆どだったが、今は車はほぼ一人でしか乗らない。もう大きな車でなくても良かった。でも、大好きな相棒だった。

 

 

まあ今度買うとすると、デミオクラスでいいかな。エンジンはパワーがあって燃費の良いマツダのウリのクリーンディーゼルにしよう。ジジババ向けの安全装置がフルでついているのにしたい。オートクルーズ、自動ブレーキ、衝突回避装置、誤発進・急加速抑制、ライト上向きでも対向車を幻惑しないシステムなどなど。一人しか乗らないので小さい車でいい。皮のシートは嫌いだから布のやつ。色は青。好みや指示が明瞭なので車屋さんは楽だと思う。

 

 

かくしてデミオはやってきた。

そしてナスキに渡すため車検を済ませて一路福岡まで私はアクセラと最後のドライブに出た。

 

 

 

夕方にはナスキのアパートについた。少し、名残り惜しい。

 

ナ「・・・それじゃあ、エリザベスをよろしく。」

ナスキ「この車、エリザベスって名前だったんだ!!」

 

ナ「うむ。エリザベス=流星号。 エリザベス=流星号をよろしく。」

 

 

ものに名前をつけたがる人の性格パターンというのがあるらしい。24歳の時、最初に乗ったマツダの青いファミリアは太郎という名だったが、この車に太郎と名付けたことはかなりの人が知っていて、私の結婚式の友人スピーチでバラしたやつがいた。以来、ものに名前をつけても心の中だけで呼ぶようにしていた。友人は別に名前を笑いのネタにしたわけではなかったが、私ににはやはり、どこか独りで居たい空間に踏み込まれたようで、いい気持ちはしなかった。

 

空想の世界に行くときにはどんなに親しい友達でも一緒に行くことはできない、とモンゴメリの「アン」の中になかったか。

 

 

 

 

#その週の終わり、ナスキは実習先の病院に深夜1時に呼ばれた。今月彼は産婦人科の当番で自然分娩の見学が最低一件義務とされていた。

ナスキ「一旦家に帰って良かったんだけど、携帯が鳴ったらすぐ駆けつけるんだ。初産だったんだけど始まったら特急で進んで、電話があって至急 車で駆けつけてやっと間に合った。自転車だったら無理だったかも。家族は車で1時間くらいの場所の人だったんだけど、「帰って良いですよ、」って言われて帰り着いたら「すぐ来て下さい!」だったんだってさ。間に合わなかった。」

 

家族が生まれるところを見たい人だったとすると気の毒だったが、エリザベスはうまくナスキの役に立ってくれた。

死にゆくもの、生まれ来るもの、去るもの、やってくるもの。

 

エリザベス、ナスキをよろしく。

 

 

 

 

 

 

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花見山ピクニック

 

#振り返ってみると、人生で一番屈託無く楽しいのは30代と40代だと思う。だからこの時期が充実せず過ぎた人は、人の一生としてはかなり「残念」が残るだろう。20代はまだ仕事が修行中で、結婚その他の悩ましい問題が多く、50代は親の介護が重くのしかかって相当足を引っ張られる。今や90才代の人は全然珍しくない。そしてお約束のように解決がつかない問題を抱えている。病院や老人ホームに入ればいいが、多くは介護する側が殺気立つような苛立ちをどうすることも出来ていない。ただ、以前と違うのは以前はどれもこれも胃瘻を作っていたが今はどれもこれも胃瘻は断り、施設は医師も看護師も介護職も足りない中、難しい介護に苦戦している。水も全く取れず食事も取れなければ人間は3〜5日しか生きない。穏やかに看取る全身管理のために胃瘻を作るのはありなのではないかと私は思っている。

 

もはや懐メロになってしまったフォークやニューミュージックと呼ばれたジャンルの人々が時々、または希にテレビに出ているが、みんな声が出ないし下手になった。この人達でさえこうだから、私が下手になったのもむべなるかな。

 

 

 

#今年もお約束の花見に出かけた。ここ数年京都で花見をしたが、今年は私が上京し、とりあえず千鳥ヶ淵周辺で花見をする予定だった。私のスケジュールの関係で年度末3月はきついので、4月に入ってからということになり。残念ながらのサクラチル。もう散ってますやん。。。

 

 

#4月4日、とりあえず千鳥ヶ淵で5人で花見をした。(殆ど散ってたけど。遅咲きのが少し残っていた)仕方ないので花があるつもり。お喋りは、花があってもなくても盛り上がった。夜。昔の美女たちの玉の声音も今はイビキの大合唱。

 

翌日、桜を求めて新幹線で福島まで北上する。行く先は花見山。私はみんなの後を付いていっただけだからあんまり良く覚えてないけど、新幹線に乗ったのだから東京駅から行ったと思う。お喋りに夢中であんまりよく見てなかった。駅でお茶と、昼ご飯用のおにぎりを銘々好きなものを選んで買っていった。私のは焼きたらこ。おにぎりは何と言っても焼きたらこ!!

 

 

福島の地を踏んだのは初めてだった。関東以北には殆ど縁が無い。実は、鹿児島人は未だに福島の人々に恨まれていて、その原因は戊辰戦争だというのだからたまらない。

以前にも書いたが、鹿児島から嫁に来たというと露骨に嫌な顔を、今でもされるから黙っている人が多いという。鹿児島はその後薩英戦争やら西南戦争やらもちろん日清日ロ太平洋といろいろあって、戊辰の役を覚えている人はあまり居ない。こういうのは勝った方は例え被害があっても忘れ易いのかもしれない。太平洋戦争の広島長崎や沖縄が、なかなか忘れられないように。

 

 

 

実は私の数代前の太郎左衛門(仮名)が、戊辰の役に従軍し、激戦となった長岡城に若いが優秀な家老、河合継之助 という人が居てた。太郎左衛門はこの人にやられて腰に被弾し、越前高田で西郷さんの実弟と一緒に亡くなっている。 NHKの大河ドラマせごどんを見ていると、私の先祖も似たような苦労をともにしただろう、と見ていて辛くなる。実家には太郎左衛門氏の資料が残っていて、「禁門の変で京都の警護にあたった」とか、「黒船が来て神奈川の防衛に行く」とある。具体的にその足跡が残っていると、その存在自体が強く感じられてどうやって越後まで行っただろう、船か歩きしかないだろうなあ、とか、どんなものを兵糧にしていただろうと考える。京都御所に行ったときも禁門の変の舞台となった蛤御門の前に立つとまた、別の感慨がある。今までは墓石の名前でしかなかったものが、確かにここに居たんだ・・・というような。140〜150年前のことだから、30年を1世代と考えると5,6代しか経っていない。会津のあたりにまだ恨みに思う人がいることも当然なのかもしれない。

 

 

途中で焼きたらこを食べた。あまりに美味しくて もう一個買ってくるべきだったとちょっと後悔。

 

 

花見山の団子屋の露店の前で一人が足を止め、皆一個ずつ買う。「どこから来たね?」とおじさんに聞かれて。

「ほら! ナスカちゃん、どこから来たのってよ? 言ってあげなさい。」  

 小さな声で

「鹿児島です」と言ったが、何故私の声が小さかったのか彼は察しただろうか? 

「かわいこちゃんに、僕はしんせつなのよ〜」と明るく返してくれた団子屋氏に、曖昧に微笑んでこそと背を向けて帰ってきた。

 

 

 

#帰鹿して数日後。メインバンクの支店長がやってきた。花見の件を少し話し、東京のインフラ整備は目を見張るものがある、東京一極集中と地方の有り様を比べると残念だという話から、

支店長「しかし、沖縄は違いますよ。東京と同じくらい潤ってますねえ。」 

ナ「基地か・・・。鹿児島もやればいいのにねえ。馬毛島なんて吹けば飛ぶような無人島、飛行機が落ちる心配もしなくていいし、それで鹿児島が潤うんだったらやればいいのに。」

支店長「おおー 話が合いますな! 私もそう思いますよ。一体どこの誰が反対してるんですかねえ?」

 

数日後、業界の寄り合いに行ってきた夫が、そのどこの誰と会ったと話した。

「種子島のT先生は反対派の首長らしいよ。今日、たまたま隣り合わせに座って向こうが反対派だというから聞いてみた。

『先生、どうして反対なんですか? 種子島から5キロも離れているし、どうせ宿舎も何もかも種子島に作るだろうから人がたくさん来て島は危険もなしに相当お金が入るのに?』って聞いたけど、『絶対反対』の一点張りだったよ。むっとしたから『種子島の人って貧乏が好きなんですね』って言ったらあっち向いたきり全然話しなかった。」

 

アハハハ・・・ エー そんなこと言ったの・・・大丈夫かしら。

 

結局、種子島は元々平家落人の里として有名であり、自分たちの生命を守るためによそ者が来ることを拒んだDNAが多く生き残っているせいだろう、という結論に達した。言い出しっぺがあまり信用されていない議員だったりしたのもいけなかったのかもしれない。あの話には運がなかった。

 

 

#たばこやダイアリーは、あと12回、一年間書こうと思う。後はツイッターやfacebookでぶらぶらやろう。(もう限界らしい)

 

 

 

 

 

 

 

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