
仕事で初めての場所へ。勘で住居表示を見ながら車を走らせていたら急坂に差し掛かった。
何となく不安に思いながら登っていく。
あれ?

あれっ???? 表示しとけよな〜 ばっきゃろーっ!
きゃー
落ちるぅぅぅぅっ

という一日でした。。。
みんな落ちないんだろうかっ?
頭に来ながら今度は急坂をえんえんバック(自爆)
#今度のNHK朝ドラ「梅ちゃん先生」は、東京は蒲田の市井の医師として生きた女医さんの半生記だが、現在放送されている部分のモデルは実家の母の出身校(東京女子医大)らしい。どうもどこかで聞いたような話だと思って見ていたら最近「東京女子医大(協力)」のテロップが冒頭出ているのに気が付いた。
私も妹も、もしも自分の出身校、しかも時代もほぼ同時代(主人公梅子は旧制東京女子医専の最後の卒業生。ドラマに医専は今年で終わりだから再試になると即退学だという話があった。うちの母は新生東京女子医大の2期生なのでおそらく2学年上の上級生の話と思われる)の話がドラマになったら大喜びで同級生と宴会になるだろうと力むのだが、母は極めてクール。
「見てないよ。あの頃の表の話はともかくその裏話やぐちゃぐちゃした感情なんか思い出したくもない。」
ふーーーーーん。母にも思い出したくないような友達や学校生活のあれこれがあるのか・・・・。
「コーラを売った話なんかホントなの?」
「ああ。そんな話はあったよ、ほんとに。でも確かコーラじゃなくてラムネじゃなかったかしら。私たちがやったんじゃなくて、上級生がそんなことをやった、って話を聞いたよ。確か、梅田とか梅・・・ナントカ、って人もいた気がする」
実話だったのか。その人の娘?とかがこのドラマの制作にかかわったのかな??
「ダンスパーティを他の医大と合同でやったりした?」
「ああ、あの頃はそんなことよくあったのよ。ダンスパーティの券を売りさばくのが大変でねえ〜・・・・ 上級生が、3人一組になって真ん中の子が件を持ち、向こうから来る男の子(人)に、『お願いします、ダンスパーティの券を買ってください』って言えっていうのよ。両脇の人は相手の男が逃げられないように可愛い顔で固めろ、って。それが嫌で嫌でねえ〜。だってそれってなんか不正みたいじゃない?」
ナ「恐喝みたいだってここと?」
母「そうそう。」
出不精も災いして母は友達が少ない。これで満足ならいいのか、と思ったり。
女学生の母は、いったいどんな娘であっただろうか。母になってからの母はよく知っているが、結婚前の母は話自体が祖母か母自身に聞いた話なのであまり客観的でないように思う。母の日だったが、今母は何を考えて暮らしているのだろう。父が亡くなって一人暮らしもだいぶ長くなるし80を過ぎると自分より年上の知り合いはぽつぽつと死んでいく。
母は、寂しいだろうなあ。
「夫も看取ったし。親ももう無い。年に不足もなし。」私はもう少し自分が、人の感情に鈍感だったら良かったと思うことがある。気づいていてもどうしようもなく黙っているだけのことが多いから、あまり意味はない。とすると気づかない方が気楽で良い。
#妹「昔、私に自転車乗りを教えてくれた大学の同期のA君さ、この前死んじゃったんだ。」 へえ・・・・ 何で?その人? つきあったことあったの?
妹「それが、原因が分かんないの。大学の別の友達とサーフィンしに行くことになってて、朝5時の約束だったんだけど来ないから見に行ったら家で死んでたんだって。跡取りの男の子でさあ。大学のちょっと派手目の同級生と結婚したんだけど、子供無くて。先輩の先生と出来ちゃって、離婚したんだよ。『お前んとこ順調に子供が出来ていいなあ。幸せそうで羨ましいよ。』って言われた。お母さん半狂乱だったよ。別れた嫁さんのこと恨んでた。
実習で外回りの時、グループで私が自転車に乗れないことが話題になってさ、ハルコに自転車を教える会が出来て、暇な日にみんなで自転車に乗ったのさ。その子が、持っててやるから漕げ! って。で乗れるようになったの。
へえ・・・・。
私たち姉妹は父が病的に自転車を、というか自転車に乗って娘達がけがをすることを恐れて、絶対に買ってくれなかった。しかし私には一度だけチャンスがあり、どうしてだったか忘れたが小学校5年頃の一、二年のみ自転車を買ってもらっていて、この時にやっと乗れる程度に乗れた。後年自動車教習所で二輪の実地をやった時、あまりにもよたよただったので「ホントに自転車乗れるの?」と聞かれた(笑)
妹には言わなかったが、いい思い出だと思う。生涯残るような。どんなに親しくつきあった人でも、良いことが何も思い出せないこともある。宝石が残っているのならばそれで十分ではないか。
#今年もそろそろ青い梅が収穫時を迎えている。



