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時をかける絵葉書き

 

#母がいろいろ弱って少しおとなしくなったので、今まで捨てられなかった 母の人生のごみとも言うべき荷物を、妹と少しずつ整理しはじめた。人が住まなくなった実家の後片付けを嘆く内容の本は多いが、うちもどこから手をつけていいか分からない状態のまま、しかしこのまま放って置くと死んだとき処分料金がどっとかかりそうなので(2トントラック2台で8万くらいするし、それではとても足りない 下手すると100万くらいかかりそう)ぼちぼち片付けては処分している。妹が来るのは月に1度くらい。私一人で家に入っていじくるのも後になって問題になると嫌だし、妹が来た時に一緒に、となると年12回では大分時間がかかりそう。

 

 

改めてそんな目で自分の家を見ると、結局私たちが死んだとき家一軒全部がゴミで、子供の手元に残るのはいくつかの重要書類(権利書とか?)と写真、先祖の関係の書類くらいだろうか。NHKのファミリーヒストリーを見ると、先祖の事どころか自分の生きてきたこれまでを子供に語っていない人も多い。戦争があったりして話すのが辛いこともあっただろう。そういえば祖父は民間人として戦時中 中国に居たが、戦後も長く抑留されて帰国しなかった。祖父は中国語が出来たので、日本人抑留者と中国側の交渉を担当したらしいが(病気の人が出たから医者を呼んでほしいとか)最後の一人とともに自分は帰国すると言って帰国船が来ても帰らなかった、と聞いたのは祖父が老衰で死んでずっと経ってからだった。戦時中のことも祖母は祖父に書き残すことを勧めていたが、祖父はそれはしなかったし一緒に暮らしていた私にも何も話さなかった。

今、中国と日本は良い関係とは言えないが、祖父はずっと中国人が大好きで、テレビに中国が映ると必ず見ていたし、歌手何某が出ると、「がっぽり稼いで国に帰れよ、」とテレビに語りかけていた。中国の方に駐在中大変良くしていただいたに違いない。いろいろあったと思う。

 


そんなことを思いながら、父のものを分別していたら、年賀状の束が出てきた。昭和52年の束だけが、なぜかそこに残っていた。

昭和52年は私が大学に入った年である。

他に書簡の束はない。厚みにして15センチくらい。業者のものを処分し、友人、知人(らしきもの)、親戚関係に分け、あいうえお順にソートした。

と、そこに絵葉書が一葉。あて名は私宛だった。見た覚えはない。絵は日光東照宮の唐門の写真だった。

 

差出人は祖母からで、元気ですか、に始まって「テストは終わったのか、こちらの学校の案内書を送るから検討資料にするように、用はないとは思うが、」と書いてあった。事情はよく分からない。私は小学校卒業時、父が郷里に帰る決心をしたのに伴い、同居して育ててくれていた横浜の祖母と離れたのだが、消印は昭和49年7月7日のものなので、祖母と離れて3年めの日付である。父は私を高校から再度東京に出して、どこかエスカレーターの学校にやることを考えたのかもしれない。祖母に頼んで資料は取り寄せたものの、私にその話はなかった。少なくとも記憶にはない。

 

 

 

ともかく、私の手元に便りは届いた。

 

天の川の7月7日の日付で。

 

42年の、時を超えて。

 

 

・・・・しかし、どうして昭和52年の年賀状の束に、49年発信のこのハガキだけが紛れ込んだのだろう?

 

 

 

#そういえば去年は祖母の7回忌で、叔母にどうするのか聞いてみたが 「もう出来ない。」というのが叔母の返事だった。さんざん世話になった祖母に年忌法要もしてやれないのかとがっかりしたが、祖母が「もしも困ることがあったら成田山にお参りにいきなさい。良く聞いてくれるから。必ず覚えておくのよ。」と言われていたことを思い出して、成田山に納経することにしたのだった。私にはこれがその返事に思えた。

 

死んだ人にも手紙は届く。

 

そして、死んだ人からも、便りは来る。

 

「私は死んでも必ずあなたを見守っているから。何もしてあげられなくても、声が聞こえなくても必ずいつもそばにいる。忘れないで。」 祖母はそう言った。母性本能バリバリの人だった。

いつも見守ってるって? 

 

トイレでも? 

エッチのときも?(もうしてないけど)

 

それ、ちょっと引くかも。ばーちゃん。

 

 

ともかく、私が出した成田山経由の便りは、届いたんだな。ハガキは届いた合図のように思えた。

 

 

 

#孫の金ちゃんは、声を立てて笑うようになった。

可愛いでしょう、と人によく言われるけれど、可愛いのかどうかよく分からない。ただ、ナスコの赤ん坊のころによく似ている、と思う。親が私を心配したよりもずっと私は娘を、うまくやれるのかどうか心配しているが、ナスコがラインで送ってきた声を立てて笑う動画を夫に見せたら

夫「屈託のない安定した笑顔の赤ん坊じゃないか。ナスコも頑張っているんだよ。」

 

はらはらしながらゆっくり遠ざかる機影を見守る。

 

 

さて。年内日記の更新は出来ないかもしれません。後はツイッターかfacebookにします。ちょっと早いけど年仕舞のご挨拶です。どちらさまもよいお年をお迎えください。この日記は還暦までは、月1で更新しようと思ってます。>ところで還暦はいつだい?

 

 

 

 

 

 

 

 

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