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僧帽筋のゆくえ

 

ジグゾーパズル「イレーヌ嬢の肖像」

 

#ヨガは、続いている。ハード系じゃないヨガ(ストレッチとか、リラックス系)先生が面白いのだ。年は70前くらい。南方系の濃いめの顔立ち。ある日、先生が「首をすっきり立ててながーく、ながーく、そう! そこは、ゾウボウキンという筋肉があってね、・・・」 私は回転の良い方でない上に少し年を取ってきたので、一瞬 何のことか分からないほど年を取ったかと焦った。・・・・違うよ、自分。

彼女が言いたいのは「僧帽筋」だよきっと。

 

帰宅して、どうしてそんな間違いが起きたか夫と話す。

 夫 「僧帽筋、の 僧 のつくりは、憎む、という字の作りと同じだろう?あれは音読みだと愛憎などと、ゾウと読むからじゃないか?」

ああ。なるほど。

ナスキ「増、も 贈 もゾウだよ。」  

・・・・・なるほど。

 

それからこんなこともあった。「さあ、腕を伸ばして指先までいっぱいに開いて。胸の筋肉は指先から始まっているんだよ。」 えっ!? うそっ!? そんな馬鹿な! もう頭が驚きでいっぱいになって、体が何をやってるかわからなくなる。

 

教室は大学病院のお膝元にあり、お客には医療系のスタッフが沢山いると思う。みんな変だと思いながら、黙っているのだろう。昔、高校の時の体育の先生が授業の時、「お前たちは受験勉強で疲れているだろうから、」とおっしゃって自分で保健体育の教科書を読んでくれた。ところが、どうしてだか忘れたがその章には「凝固」という言葉が何度も出てきたが、先生がギョウコをギコ、と読むので、聞いていていたたまれなかった。しかしやっぱり、誰も言わなかった。もう亡くなってるかなと思うが、今でも私はあのギコちない空気のギコを忘れない。

 

夫「あんたも、結構しょっ中変なことばっかり言ってるよ。」

・・・・そうなのだ。確かに私は変なことばっかり言ってる。しかし、自覚はある。自覚があれば、罪一等減じられないか?

 

 

 

#その、ヨガで。いろんなポーズを取った後、最後の方で瞑想とか死のポーズと巷で呼ばれるのをやる。(教室では死の、などとは言わない)せっかく貴重な教室の時間をただ横になって目をつぶり、じっとしているだけなんて勿体ない、と思っていた。中には鼾をかいてほんとに寝た人もいた。(お疲れですね?)そこまで来るとやめて教室を出、帰ってしまう人も時々いる。

 

しかし、このポーズは一連の教室のポーズの中で最も意味がある。

 

 

どこが、というと、5分ほどの瞑想のあと、先生が「では目を覚まして、手の親指を中に入れて握りなさい。はい、今度はいっぱいに開きます。」とおっしゃったとき、私の手は力が入らずに握ることができない。あれ? どうして?

 

何回かやるうちに、ああ、これは副交感神経優位の状態になってるんだと気が付いた。気が付くと、意識してその状態に持っていけるようになった。

 

人間は交感神経と副交感神経とあって、仕事中の戦闘モードは交感神経、家でリラックスモード、特に寝る前みたいな時は副交感神経支配になる。これらは普通意識して切り替えることは難しいと思っていた。どちらかと言えば、戦闘モードに切り替えることは可能だが、リラックスモードは意識しては難しい。だから眠れない人がいるのだ。しかし、瞑想をやるようになってこの方、私は自分で意識してこの状態を作れるようになっている。瞑想とはどういうことか、頭を無にするとはどういうことかを強く意識した出来事だった。

 

 

 

#イレーヌ嬢の肖像。昔から好きな絵で、ジグゾーパズルを見たとき久々にやってみたいと思った。

 

アップにあたって検索してみたが、(ここ)本物のイレーヌ嬢はユダヤ人で2次大戦に巻き込まれ九死に一生を得た後、波乱の生涯を91歳まで生きた、とある。本物は現在スイスにある。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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