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夕暮れや 冬一面の 黒酢畑

 

鹿児島県霧島市福山町「黒酢壺畑」

 

#NHK総合で放送中の海外TVドラマで「This is us」というのがある。タイムトラベルものではないが、感覚的にタイムトラベルに近いところがあり、私の時間旅行感覚をくすぐる。主人公は三つ子で、三つ子の赤ん坊時代、子供時代、青年期、大人になった今とその親夫婦のあらゆる時代がしょっ中、一瞬で切り替わる。出てきた俳優が誰かで 視聴者は今がいつの話か判断しなければならない。だから人の顔が見分けるのが苦手だったり、話がきちんと時系列的に並んでいない話を自分の中で時系列的に並べ替えることが苦手な人はちょっと駄目かもしれない。

 

 

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あるカップルがいる。男のほうは親は離婚しているらしく、親の陰はない。

女の方の親は結婚に大反対だった。

カップルは貧しく先が見えない普通の若い夫婦として新生活をスタートし、普通に妊娠を喜んだが、子供は三つ子だった。生活は苦しかったけれど頑張って、喜んで三つ子を産むこと決める。

 

 

大きなお腹がはちきれそうになったある日産気づく。

 

 

ちょうどその頃、病院の近くの消防署の前に黒人の男の赤ちゃんが置き去りにされる。

拾った消防署員は自分たち夫婦で育てようと思ったが、妻の反対で

やむなく病院にケアを頼み、新生児室のベッドに保護された。

 

 

再びお産のママさんのシーン。主治医がもっとも悪いタイミングで盲腸の手遅れで腹膜炎を起こし、手術になる。急遽お産は、○科の(産科ではなかった)老医師がピンチヒッターで三つ子を取り上げることになる。

赤ん坊は一人は♂、一人は♀、もう一人は死産だった。

「お母さんは元気だ、一人は男の子、一人は女の子、もう一人はすまない、死産だった。どうにもならなかった。」

 

 

廊下で一人、悄然と座っている新米のパパに老医師が語りかける。

「実は私は最近癌で妻を亡くしたんだけどね、その妻との間に、15,6人の子供と孫がいる。でも最初の子は死産だったんだ。今日までこの子のことを忘れたことはない。毎日思い出すんだ、何かのたびに。この話はあまりにも辛くて、今日まで一度も人に話したことはなかった。」

そして、

「出来れば君もいつか私のように年老いたときに、自分の経験を若者に語ってくれるといいなと思うよ。

人生が君という人間に与えた最も酸っぱいレモンで 何とかレモネードを作った経験を。

そうなれば君はこの病院から3人とも家に連れ帰ったことになる。まぁ、予定とは少し違う形でも。」

 

そして老医師は自宅の妻の写真に、いつもそうしているように、話す。

「昨日、ある若者に亡くなった子の話をしたよ。あの子のことは長い間誰にも話したことはなかった。その若者にアドバイスをしたんだが、どうやら彼は聞いてくれたらしい。

人生の中で最も辛い経験をしっかりと受け止めて、前に進もうとしている。」

 

出来立てのほやほやのパパとママは、亡くなった3人目の赤ちゃんの代わり?に、消防署の前に捨てられていた黒人の赤ちゃんを引き取って育てる決心をする。(詳細不正確)

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とまあ、こんな風に始まるドラマなのである。レモンのところがツボにはまって、何回も録画のこの老医師のシーンを見た。

 

 

 

 

#「あなたの歴史のページの ちょっと酸っぱい、わたし思い出にしてね〜♪、」は多岐川裕美の「酸っぱい経験」、結構好きな歌だった。でもこの歌の歌詞には、「酸っぱい」だけで「レモン」は出てこないな。

またブログで鼻歌なんか歌って歌詞を書いたりすると誰かに怒られそうだから、これは後で消しておこう(>書くのか!)。

多岐川裕美なんて知ってる人いないかもなァ。

 

 

 

#ヨシコさん(仮名)という女の子が実習に来た。なんで盛り上がってるの?魔法使いのサリーのヨシコちゃんと同じ名前だから? と聞いてみたが、そもそも魔法使いサリーのヨシコちゃんをそこに居た全員が知らなかった。というか、魔法使いサリーさえ知らなかった。

 

時々、既に自分の感覚は時代の主流からいつの間にか外れてる? と思うことがある。

 

博多の祭り、祇園山笠は、御神輿を担いでいる男達がある距離を走ってバテた頃、次の担ぎ手がどこからともなくやってきて、伝統のやり方で担ぎ手を交代する。御神輿はいつの間にか全く違う人々によってしかしその前と全く変わらないような勢いで担がれていく。

 

私の常識は皆の常識ではなくなっている。流行の歌とかも、どこもいいとは思えんけどナァ、と思うし、時々出てくる私たちの世代の歌手が、年取ったなあ、歌下手になったなあ、老けたなあ、と感じる。有名な持ち歌なのに全然別の人が歌っている。もうテレビに出られないような状態なんだろうか。神輿はもういつの間にか、担いでいたはずの私の手を離れて、別の人に担がれ、私はただ、遠ざかる神輿を見ている。

 

私の作ったレモネードは誰かの役に立つことがあるだろうか。私はレモネードの経験を誰かに話すだろうか。ファミリーヒストリーでは自分の人生を子孫に一切話さなかったり、戦争体験を誰にも言わず死ぬ人が多いけれど、本当に辛かったことはなかなか口には出来ない。

 

 

 

 

#なんてことを考えながら。

 

高校の同期のK子さんの訃報を知る。去年の夏頃体調不良になり、病院に行ったら手遅れの癌で秋には亡くなったとのこと。私の人生も今は日暮れて道遠し、と思えるけれど、先のことは分からない。朝には紅顔ありて夕べには白骨となる、というのは要するに覚悟せよ、ということだ。いつそれが来ても良いように。

 

・・・なかなか出来ないよなァ。

 

 

 

 

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