<< 花見山ピクニック | main |
エリザベス=流星号をよろしく

#友人Tの父上が、心臓が悪く糖尿病やなんや、いろいろ持病があって、とうとう敗血症になった。私の父も最後は敗血症だったが、昔も今もこれになると助からないことが多くい。40度を超える熱が何日も続き苦しい思いをする。もっとも本人は意識がないことが多い。この家族にとってははすこぶるわがままで面倒なお父上が、しかし、少しは意識があり、お母さんにとってはただ一人の生きがい、大切な、替えがたい存在なのだった。この父ちゃん何を考えたか池の水を抜き、畑にした。大方の作業を一人でやってのけたが、作業中に足をケガする。糖尿病があるのであっという間に全身に菌が回り高熱が出てつまり、敗血症になった。齢82歳。声をかけると薄目を開け、返事はする。切って治れば、元通りになる。代償として足は膝から下がなくなるが。

 

 

T子「一体どうしたらいいかしら?」

 

相談を、と言ってどうにもできるわけでもない。地域の中核病院で手に負えないと言われ、先進医療ができる病院のICUに運ばれた。当初はジリ貧に思われたが、検査の数値が奇跡的に持ち直し、意識も呼べば目を開け、少し話す程度になった。ここで家族は医師によって決断を迫られることになる。

 

「今なら、足を切れば助かる可能性があります。12時間以内にどうするか決めて下さい。明日手術しないなら生き延びる望みは0で、どちみち数日中に亡くなるなので、管は全て外して後方の(看取る)病院へ転院して下さい。」

 

家族には、ここで死なせる決心がつかなかった。当人の妻は五体満足で死なせてやりたい(私に言わせるとかなり文学的な感覚だと思うが)と言い、手術に反対だった。しかし子供たちには、今ここで死なせる決心がつかない。また、妻も夫に死なれたら一人では生きられない人だった。

 

このケースを、うちの夫にどう思うか聞くと

夫「S病院(ほどの病院)が切るしかないと言ってるなら切るしかないだろう。」 

これが私の足だったら?

夫「もういいかなぁ。安楽死。」 エー−−っ!

夫「あんたはどっちと言って欲しいのよ?」 ・・・・・ワカリマセン。。。

 

 

 

 

#ところで、このTさんのお父さんは倒れるまでいろいろ病気はあっても一応認知症もなく自分で歩いてぴんぴんしていた。ここらの方言でぼっけもん、というが、言うことを聞かない、常識を外れた豪胆なことをする奴、というような意味か、、、この手の人だった。繰り返しになるが、倒れる直前 家の池の鯉を全部捕まえてひねり出し、そこに土を入れてスイカを植え、畑にした。その時 木片か金属片か何かで足にけがをし、その傷からバイ菌が入り持病もあってあっという間に敗血症になった、という経緯である。

 

この夫婦の間には複数の子供が居て10人余の孫がいた。その孫の一人に不登校になった勘の強い子が居て、少し霊的なインスピレーションがある子だった。この子がしきりに池のことを気にするので、その子の叔父さんに当たる人がやむなく父親が埋めた池の土を出してまた水を入れようとする。ところがお父上はご丁寧にも 池底をはつって(斫る はつる 岩盤やコンクリート、セメントなど固めたものを機械で砕くこと)(水はけが良くないと植物が根腐れすると思っての事だろう、)破っておいたらしい。池の底は割れて水は溜まらず、底の割れ目から土の中へしみ込むようになってしまった。

 

 

しかし、足を切る手術の後も高熱が続いていたお父さんは、T子さんの弟が池の土を出した時点で急速に解熱し、食べ物を管で入れるところまで来た。

 

 

T子「弟はどうせ水をためても魚を飼わないとボウフラが湧いて困るだけだよ。もうこれでいいや、ってそのままになってる。」

 

ナ「・・・・そこらで売ってる修復材買って来てヒビを埋めて、池、元に戻した方がいいんじゃない? もしくは、・・・拝み屋さんに来てお祈りして貰う、とか?」

 

T子「うーーん・・・」

 

今でこそ経験上、私もこんなことを言うようになったが、、、昔は私も 事業所の私の使っている部屋の裏に池があって水神が祭ってある、当時 居たスタッフが、水の音が五月蠅いし枯山水にしたらどうですか、と言ったことがあった。今思うとようこそしなかったものだ。あの時それも悪くないかなあ(と思ったのは池の水が漏れて修復にお金がかかりそうだったため)と思ったのだが、枯山水にするとするとそのためにまたお金がかかる、と思ってやめたのだった。

 

 

その後、私の住んでいるT駅付近は大規模な(K県の都市計画は本当に凄い規模でやる。どこまで意味があるのかと反感を持つこともあるくらいだ)駅前の再開発があり、住宅の移転が相当数あった。そのため池があったり水神が祭ってあったりする所がなおざりに放置されたりお祓いも無く埋められたりして、そんな家の人に変な病気が相次いだ。訳の分からない高熱だったり、白血病のような恐ろしい病気だったり。偶然と言えばそうかもしれない。でも本当に多いのである。そういうわけで、信じているわけじゃないけど信じている、というような、実に曖昧な私になってしまった。自然科学者がそんなことを言って良いのか、という思いと、でも本当にそうなんだからしょうがないじゃない?という思いと。

 

 

 

 

 

 

 

 

#某会議で。最後にスタッフの一分間スピーチというのがあり。近況、疑問、その他何でもどうぞ。それに対しナスカさんが一言コメントをつけます、というコーナーなのである。面白いなと思う話題については文章化して広報誌に載せる。

 

今日のはSさんのもの。

S「私の子供は二人とも障害があって多動なんです。幼稚園の時は何も問題はなかったのですが、PTAで子供の障害のことを話してありました。でもいろいろ言われて。あなたが言ったせいで、同じ障害を持つうちが変な先入観を持たれて子供の人間関係がうまくいかなくなった、とか、うちの子ももしかしたら同じ障害じゃないか、とか、波紋が凄かったんです。

 

今小学校に上がって、まだ障害のことは誰にも何も言ってないのです。それは幼稚園の時の同じタイプの障害のあるお母さんに、言わないでくれ、と言われたからなんですが、私は言っておいた方がいいんじゃないかと思うんです。今うちの子は学校で問題児になっていてうまくいってません。言った方がいいでしょうか、どうでしょうか? 皆さんのご意見を伺いたい。」

 

 

ナ「それはあなたが決めることです。あなたがよくよく考えて、言うべきだと思ったら言うことが正しいし、言わないでおくべきだと思ったら言わないことが正しい。要は、あなたの家、あなたの旦那さんとあなたの価値観や方針で決めて行くことだから、二人でよく話し合ってどうするか決めなさい。決めたら自信を持って、事を進めなさい。決めた後には誰が何を言っても決して迷ってはいけない。」

まるで占い師のようだ>私

 

 

 

#話していて、足を切るも障害を話すか話さないかも、とどのつまりは同じだよなァ。つまり、正しい、正しくないはない。価値観の問題なのだから、思い切り迷って答えを何とかひねり出し、その時点ではその答えがベストだと思って進むしかない。決めたらその方針は決して変えないし迷わない。

 

(ただ、足の話はタイムリミットが12時間しかなかったからなあ。12時間では人の生死は決められない気がする。本人なら決められるかもしれないが。人はそう簡単に死ねるものではない。神の決めた時が来るまでは。)

 

 

 

 

 

#福島で関東在住のみんなと話したとき、1人を除き、車は持っていないと言っていた。

 

「だって要らないもん。バスは5分とか、長くても7,8分待てば来るし電車はいくらでも来るし。ナスカちゃんそんなローカルに住んでるの?」

うーん 車がないと生活できない。バスは1時間に1本来ない時間帯もあるしなあ。私はみんなが大好きだが、東京23区の人に土人(かなり好きな死語・放送禁止用語)の暮らしへの理解はちょっと難しい気がした。

 

 

車は、マツダ(ずっとマツダファン!! 頑張れマツダ!)のアクセラに乗っていたのだが、ある日ナスキがどうしても車が欲しいと言い出した。曰く実習で県内遠隔地の実習先に通わねばならない事が増え、車が無いのは負担になる、というのである。どうしても親が買えないというなら自分で10万の軽でもいいから買うという。

 

仕方なく私のをやることにした。6年めの車検が来るところだが、故障無くよく走るし、ある程度大きいから高速走行にも耐えるだろう・・・・。私には少し大きいな、と思い始めてはいた。買った頃は 大人の体格になった子供たちや夫を乗せて走ることが殆どだったが、今は車はほぼ一人でしか乗らない。もう大きな車でなくても良かった。でも、大好きな相棒だった。

 

 

まあ今度買うとすると、デミオクラスでいいかな。エンジンはパワーがあって燃費の良いマツダのウリのクリーンディーゼルにしよう。ジジババ向けの安全装置がフルでついているのにしたい。オートクルーズ、自動ブレーキ、衝突回避装置、誤発進・急加速抑制、ライト上向きでも対向車を幻惑しないシステムなどなど。一人しか乗らないので小さい車でいい。皮のシートは嫌いだから布のやつ。色は青。好みや指示が明瞭なので車屋さんは楽だと思う。

 

 

かくしてデミオはやってきた。

そしてナスキに渡すため車検を済ませて一路福岡まで私はアクセラと最後のドライブに出た。

 

 

 

夕方にはナスキのアパートについた。少し、名残り惜しい。

 

ナ「・・・それじゃあ、エリザベスをよろしく。」

ナスキ「この車、エリザベスって名前だったんだ!!」

 

ナ「うむ。エリザベス=流星号。 エリザベス=流星号をよろしく。」

 

 

ものに名前をつけたがる人の性格パターンというのがあるらしい。24歳の時、最初に乗ったマツダの青いファミリアは太郎という名だったが、この車に太郎と名付けたことはかなりの人が知っていて、私の結婚式の友人スピーチでバラしたやつがいた。以来、ものに名前をつけても心の中だけで呼ぶようにしていた。友人は別に名前を笑いのネタにしたわけではなかったが、私ににはやはり、どこか独りで居たい空間に踏み込まれたようで、いい気持ちはしなかった。

 

空想の世界に行くときにはどんなに親しい友達でも一緒に行くことはできない、とモンゴメリの「アン」の中になかったか。

 

 

 

 

#その週の終わり、ナスキは実習先の病院に深夜1時に呼ばれた。今月彼は産婦人科の当番で自然分娩の見学が最低一件義務とされていた。

ナスキ「一旦家に帰って良かったんだけど、携帯が鳴ったらすぐ駆けつけるんだ。初産だったんだけど始まったら特急で進んで、電話があって至急 車で駆けつけてやっと間に合った。自転車だったら無理だったかも。家族は車で1時間くらいの場所の人だったんだけど、「帰って良いですよ、」って言われて帰り着いたら「すぐ来て下さい!」だったんだってさ。間に合わなかった。」

 

家族が生まれるところを見たい人だったとすると気の毒だったが、エリザベスはうまくナスキの役に立ってくれた。

死にゆくもの、生まれ来るもの、去るもの、やってくるもの。

 

エリザベス、ナスキをよろしく。

 

 

 

 

 

 

| - | 16:28 | comments(0) | - | pookmark |
スポンサーサイト
| - | 16:28 | - | - | pookmark |
コメント
コメントする