<< 沈下橋 | main |
ノーブレス・オブリージュ 

ノーブレス・オブリージュ

〜入試での男女差別を考える

 

 

手水鉢の中のカエルの卵

 

#東京医大の入試で男女差別をして、女子に係数を掛け、合格者数の調整をしていた話で。

 

ナ「どうしてバレたのかな?」

夫「裏口入学の収賄容疑で調べが入って、一人ずつこの子はどうして合格した、どうして落ちた、を確認したら、自然と女子のこの子は点数がいいのになんで落ちたの?ってことになったのよ。」

ああ。そうか。

 

 

また乱暴なやり方をしたものですね、受験生に(男女で合格点が違うという)説明は一切されていませんでした、と言っていたが、では説明し納得して貰っていればいいのか? 

 

#裏口入学はともかく、東京医大の入試で無くても男女に差別があるのは今に始まったことでは無い。

 

 入試現場では私も自分や子供たちの学校を見て男女比の差はあったが、ここまで多いかなと思うことはあった。能力的に男女でそう差があるわけではないから、普通に考えると男女の受験者数の比率が大体男女の合格者数の比率と相関していると見るのが普通じゃないだろうか。

どこの塾の偏差値だったか忘れたが堂々と女子の偏差値はこれこれ、男子のはこれこれ、と出ていたのを見たことがある。理由はいろいろだ。当該学校の近くに優秀な男子校があると男子の1番手はそっちに取られる。共学の最優秀校には男子の2番手と女子の1番手が来るから、女子の偏差値が高い。また、共学の学校が県内1番手の場合、ライバルは県外校になる。すると今度は大学入試で東大や医学部がすぐ週刊誌に載るから、そういう所を志望してくれる子、つまり男の子が通りやすくなる。通りやすくなるということは操作方法は知らないが、偏差値は下がる。元々諸般の事情で男子と女子は偏差値が違う部分がある。


公務員だって政治家だって一流会社だって男女差別はある。県庁や市役所の正月や暮れの仕事納めがニュースに写るとこりゃびっくり不思議なほど男が多い。っていうか、男しかいない。私が結婚するとき、仲人さんは某大学の教授だったが、この人は「うちの医局には女は入れない」と公言してはばからなかったし、私が就職するとき、教授に紹介された最初のところで「うちは女の人は採用しないんです」とはっきり言われた。曰く、「女は育ててもすぐ結婚して辞めちゃうから。」
私にとって社会は初めてのところだったので、はあ、そういうもんか、と思った。
男女雇用機会均等法、とか、求人の時に男女で採用してはいけません、等と法律を作って叫んでみても、根本的なところを何とかしないと事態は変わらないと思う。
歴史的にそういう風になっており、それはまだ1ミリも改善されていない。
#では根本的なところ、とはどこか。
それは、女が結婚や出産、現代では介護で退職するかどうかのところだ。
もう結婚で寿退職なんて骨董的な人はあまりいないと思うが、それは止めて貰いたい。問題外だ。
私も最初の子の時は8ヶ月くらいまで働いていた。最初の子の時はぎりぎりまでやれる。でも二人目の時は上の子を
みる人が必要になる。それと、夫が多少は育児に動いてくれないと親が近くに居ない場合どうしようもない。
この辺のところを、もう少し社会で何とか出来ないものか。いくら人手不足の、税収減のと言ってみても、子供をみてくれる人が見つからなければ働くことは出来ない。
私の母は生涯現役で、出産も私の時は数週間、妹の時は1週間しか休まなかった。そしてずっと、お手伝いさんを雇うか、自分の母親に近くに引っ越して育てて貰った。考えてみれば女親だけに、全てお任せしている。そうでないと仕事は出来なかった。
働けないと退職する、退職すると税収は減り、女はどうせ(子供を産んだら)辞めるから、せっかく育てても戦力にならない、夜の勤務や残業に就いて貰いたくても子供が子供がで戦力にならないよね、じゃあ初めから女の採用をやめよう、女は入試で落として男をとっとけ、という話になる。
実際現場は相当困ったのだと思う。現場は動いてくれれば男でも女でも良い。でも女がやらないという以上、男を養成しておかないとシフトが組めない。救急車でも手術室でも患者は死ぬということになる。

大学に残らない(研究・教育をしない) 外科など激しい現場を希望しない(最近は稀に女性も見かけることがあるようになった)

救急など激務の現場での医師不足、関連病院の派遣医師不足、などがあるだろうか。

 

 

しかし、医師不足と言われているが、実はそうでもない。居るところには居る。余っているところもある。要するに偏在している。昔は医学部は卒業したら一旦どこかの医局に入り、そこから教授、医局長の命令で関連病院に派遣されていた。この方式だと大学が責任を持って派遣してくれるので、どんなに田舎でも行く人が居ないという事態は起こらなかった。しかし最近インターン制になって大学入局方式は某省に睨まれ、ズタズタにされてしまった。若い医師はみんな都会に行き、地方には誰も居なくなり、地方の公立病院は診療科をなくしたり病院を潰したりしている。では医師が居ないかというと、例えば福岡市内などクリニックが山ほど出来、どんどん潰れている。

 

 

 

医者の場合、例えば脳梗塞や心臓病で救急車で運ばれる人に対し、深夜でも早朝でも担当の夜は非常招集がかかる。子供が居る人は夫がみてくれねば、夫が仕事に出る時間なら保育所がみてくれねば女が仕事に入ることは出来ないだろう。結局、社会が見てくれるのが一番合理的だ。勿論、産むだけ産んで、育てるのは女性的なイクメン君でもいい。産休1ヶ月くらいあればそろそろ現場に戻れる。その場合今までのように妻が能力的に自分より上、というのではなく、ちょっと社会的には頼りなく稼げないが家事はよくやってくれて、妻の転勤につきあって自在に動いてくれる男が良い、ということになるだろうか。とにかく社会のシステムと皆の価値観を変えねばならないのだ。

 
#そしてもう一つ。東大に行ったような女子(勿論比喩的表現です)や医大なり優秀な人が行く学校を出た人は、専業主婦になって仕事をしないという選択肢は無いと思って欲しい。あなた方には公費、税金が投入されていることをご存じだろうか。一人医者にするのに1億以上かかると言われている。私立いっても1億も教育費はかからないから、残りは国が出している。主婦になるならその分は返して欲しい。奨学金だって防衛大学の授業料だって、任官拒否すれば払わなくてはならない決まりになっている。主婦になるだけなら高学歴は不要なんじゃないか? 勿体ない。主婦を育てるのにふさわしい、しかし優秀な学校はいくらでもあるじゃないか。
男子でも女子でもいいが、生涯働く覚悟がある人に、その席を譲ってあげて欲しい。逆に言うと自分が高偏差値の大学や医大等を卒業したならば、生涯働く覚悟を持って貰いたい。社会のお金を使って学業を修めたのだから、社会に貢献し、お返しするのが当たり前じゃないか。そのことを、教育はあまりにも何も言わなさすぎる。
この人たちにやる気を出させやる気のない者には遠慮して貰い、仕事をしていけるようにインフラを整備し、頭の固い人々が変な主張しないよう全体が変わらねばならない。
女も自分の頭、技量を磨いて自分は自分で食えていくようにならないと いつまで経っても男女差別は無くならず、男に負けて生きていかねばならない。ふくれているだけでは駄目だ。
#古い西洋の考え方に、ノーブレス・オブリージュ というのがある。
ウィキによると、「直訳すると『高貴さは(義務を)強制する』を意味し、一般的に財産権力社会的地位の保持には責任が伴う

 

倫理的な議論では、特権は、それを持たない人々への義務によって釣り合いが保たれるべきだという「モラル・エコノミー英語版)」を要約する際に、しばしば用いられる。最近では、主に富裕層有名人権力者高学歴者が「社会の模範となるように振る舞うべきだ」という社会的責任に関して用いられる。」とある。

 

 

 

私はこの言葉が大好きだ。この場合でいうと高学歴である者は、それなりの振る舞いをしなければならないという社会的責任を持つ。T大に行ったとしても多くの人に迷惑をかけ、刑務所に入って、しかしそのことを自慢げに本に書いたりする、というのは高貴さはカケラもない。少し前に有名人というだけで模範的でない行為があると袋だたきに遭う、理不尽だとテレビでこぼしている人が居たが、当たり前だ。お陰で儲かってるんじゃないのか。そこには責任が伴う。

 

持てる者は社会に貢献していかねばならないというエリートの矜恃について もっと関係者は教育をすべきだ。

 

 

 

 

 

 

| - | 13:27 | comments(0) | - | pookmark |
スポンサーサイト
| - | 13:27 | - | - | pookmark |
コメント
コメントする