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コッチニイル?アッチニイル?コチニール。

 

#久しぶりに日高敏隆先生の本を開く。「動物にとって社会とは何か」(ランダムハウス講談社)

漠然と、私が考えていたことが、まとめられていて、このことを考えついた私は天才ではないかと思ったが、勿論私が考えつくことくらいは様々な世界の第一人者が考えついて論文にまとめているのだった。。。ちうか元々、日高先生の受け売りだったのかも?

 

私がこの人の考えに賛同し未来を心配するのは まさにこの人口問題についてだ。

 

一部を要約するとこうなる。

------多くの動物は本能的な個体数の調節機能を持っている。食物が減れば自然に妊娠しなくなり新しく個体は生まれない。食物が増えれば一度に沢山の子を妊娠する。そういう風に出来ている。個体数が増えると天敵の餌が満ちあふれ、天敵が増える。すると捕食されて元の動物は減る。自然にはそういう数を調整する機能が働いている。

 

 

ところが、人間はそれがない。人類は出生を抑える効果を持つ宗教上の戒律、社会的な掟やタブーは作った。しかし宗教の戒律から自由になりつつある現在、それ以外に人類の個体数を調節するものはないのだろうか。

 

2つある、それは、伝染病の大流行、もう一つは戦争だ。

伝染病の大流行が収束すると、人口は大幅に減る。生産はかなり打撃を受けるが多くは回復可能であった。1348年のペストの大流行の後のように地下や家賃が下がり、小作料も安くなり、賃金が上がるという現象が起こる。つまり年は伝染病のおかげて「人口の重荷」を下ろしたのである。

 

 

 

戦争の人口学的研究者によると、戦争は過剰人口、特に人口の中で若い人間の率が著しく高いときに起こる。これは過剰人口ならかならず戦争が起こるという意味ではない。戦争の直接の原因は主として経済問題で、それがつもりつもってゆくうちに、多くはかなり些細な事件をきっかけに戦争が起こっている。

 

 

太平洋戦争当時のドイツでは子供を産むことが奨励されていた。子供の数が増えるほど、税金その他に大きな恩恵が与えられたからだ。人口が過剰になり20歳前後の人間の数が多くなってきて、しかも産業、住宅、食料その他の生活条件の改善のテンポがそれに追いつかないと人々の間に何とかならないものかという気持ちが出てくる。

 

それが必ずしも戦争による削減を求める気持ちに発展するわけでは無いが、結果的に戦争が起こった場合、生殖年齢にある男子が大量に減る。それに伴い、多くは伝染病、飢えなどの因子にっより、戦場以外での死亡も増える。こうして人工的な重荷が下ろされる。その後当分の間戦争は起こらない。人工的な緊張状態は昔からこうして戦争によって自己弛緩に達することが多かった。だから戦争は一定の年月に一度繰り返して起きるのである。

 

 

 

戦争の結果人口が減り、とくに戦争が正職力の高い若い男を選択的に死に追いやることによって人口の増加は一時的に緩くなる。少なくとも戦争の継続中は出産が減る。---------要約終わり

 

 

私が心配するのはこのくだりである。要するに、日高先生の意見では、戦争が起きるのは人口過剰になった場合だという。人類の最も原始的な部分が働いて起きる、ということになる。そういえば日本が昔戦争をしたのも、富国強兵で産めよ殖やせよのスローガンのもと、人口が増えた時期では無かったか?

日本は今人口は減っているが、隣に13億とも14億とも言われ、更に一人っ子政策がなくなってどんどん増え続ける国がある。この後この隣国はどうなるのだろうか。日本は巻き込まれずに済むのだろうか。戦争は、戦争反対、と叫んでみてもしょうがないのである。誰だって反対に決まっている。でも世界の人口を調整しないとどうしても起きてしまうことなのだ。

 

どうか孫、ひ孫の時代に、この先日本の行く末に影が落ちませんように。

 

 

 

#婿が、コチニールという食用色素の話をナスコにした。名前を最近あまり覚えない。コッチニイル、アッチニイル?ドッチニイル? って覚えれば良いね! 

ネットで調べてみた。潰した体液はまるで口紅色で、ハム、いちごパフェ系、かまぼこなどあらゆるものに入っているらしい。婿は結構神経質なたちで、これを見たら赤い物は食べたくなくなった、という。どれどれ? ちうわけで私もそれを見てみた。なんと、南米ペルーで養殖?されているカイガラムシの一種なんだそうだ。一目見ると気持ち悪くて、口紅はつけたくなくなった。しかーし。そういうわけにも行かんぞなァ。こんな婆さん顔ではせめて唇だけでも乙女色にしたいもんなあ。

 

 

 

#世の中の人は認知症を分かっていない。分かっていたら自己申告で運転免許証を返納、という話にはならない。返納しているのは、結局、別に取り上げなくてもそう問題の無い人で、本当に取り上げなければならない人は(つまり病識が無いほど認知症の進んだ人は)決して自分から返納するとは言わないものだ。

 

しかし、私は決して未来を諦めてはいない。私の目の黒いうちに、介護用のロボットが出来て、かなり認知症が進むまでは在宅で独居でも暮らせるようになる。車はタッチパネルで地図を触ると自動的にその場所に行くようになり、車が車を追い越すときはバッタのようにジャンプする。私が乗るには間に合わないかもしれないが、遠からず将来、人間用ドローンが出来る。透明な風船の中に人間が座って乗れるようになっていて、人は空を飛んで移動するようになる。見たいものだ。

 

 

 

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