かくも長き年月の人間の育児


#何とか離陸していったナスコの新婚家庭は、なかなか順調な飛行とは言い難い。仲良くやってはいるけれど客観的に見てトラブルは少なくない。やっとこさ離陸していく重そうな飛行機の機影を見送ったが、あれから比べると私自身はなんと親孝行な娘であったことか。

昨夜は電話で相談がある、とLineで言ってきた。電話で相談、などというのはかなり緊急で困っているという意味である。                                                                            

#婿が借りている駐車場の隣りのスペースの人がイチャモンをつけてきた。暴走族みたいに車改造してバカバカなるようにした車の人で、大事にしている車に傷をつけたというのである。毎日車の点検をしていたけど、夜中に婿が仕事から帰った翌朝見たら10センチくらいの引っかき傷があった。バッグか何かで引っ掛けたんだろうと言う。タバコふかしながら行儀悪く高圧的で、しかも夜の11時半頃呼び出されてのイチャモン。彼は恐ろしがって(引っ越してきたばかりなのに)「引っ越そうか」と言ったらしい。あいつ、しょうがないなあ。ほんっとだらしないんだから。
ナスコ「『俺はお前がやったって思ってるからな!』って凄むんだって。『刺されたらどうしよう。引っ越そうかなあ・・・でもそれも逃げるみたいだし・・・』ってぐじぐじ悩んでた。」

ったく、情けないやつ。
ナ「医者なんだから刺されたらすぐ止血しろって言っときなさい!」

ナ「また接触してくるようならパパと私が出かけていくから呼びなさい。警察に一緒に行こうと言いましょう。届けを出さないと保険が使えないから、って。本当にうちに非があるなら出入りの保険屋を呼んで保険で処理する、と言いなさい。こういうのは傷が安くても保険を使うのよ! 交渉は全部保険屋に任せなさい。」

大方改造車なんかに乗ってマフラーバンバンふかして初対面の人と話をするのにスパスパタバコふかして凄むような人だから誰かに恨まれて傷つけられたんだろうよと思うけど、今後のことも考えて駐車場は別に探したほうがいいかもなあ。そんなのと隣り合わせというのは今後良くない。


ナスコの抱えるトラブルを見ると、私は夫に危険なところには近づかなくてもいいような人生を歩ませてくれたんだな感じる。私には経験のないトラブルをナスコは抱える。ナスコがこの世に生まれて来た意味というか解決すべき宿題なんだろうか。言っても聞かないからめんどくさくて最近はもう一切言わないようにしているけれど、ナスコたちの選択を見ているとどうもなぁ、という場合が多い。

例えばナスコのマンションは大きな川(2級河川)沿いにあるのだけど、私ならあそこには住まない。夜の川はうっかり落ちると怖い。小さい子供がいる時期に夜川のそばを通って行き来することはあるだろうし、学校の行き帰り、日が暮れた時間帯、高校、大学にもなれば橋を通ることもあるだろう。通常より危険性は高い気がする。同じ理由でナスキの部屋を選ぶ時も、万一を考えて川のそばは避けた。直感的に不吉だ。そんなことをふと口にすると夫も
「俺もそう思う。」
こういう価値観の一致って夫婦には大切なんだよねえ。


動物の母親が、危険を感じると巣を引っ越すことがあるが、どうもナスコは直感が弱い。理論的にどこも悪いわけではないから、こちらに説得する材料が乏しい。しかし、直感的に『それではない』。しかし、もうナスコたちの問題。かくも長き年月の人間の育児は終わった。

もういいのだ、どうなってももう30にもなる大人だし、と思うけど、失敗したとき手を貸すのってめんどくさいんだよねー・・・ほっとくと失敗して泣きついてくるし、それを収拾するのってストレスだ。しかし失敗しないと覚えないしなあ。

夫「ナスカだって30歳くらいの時はあんなもんだったじゃないか?」 
・・・・いいえぇ! 私はもっとしっかりしてましたよ。




#2月から大学の同期が二人、中学の同期が一人亡くなった。いずれも病気。癌とか肝炎とか。昭和30年代、日本人の平均寿命は50代だったから、昔ならそろそろ寿命だ。子供のころから私はなるべくぎりぎりまで子育てしたいし、育て終わったらすぐ死にたいなと思っていた。 子供が独立して娘のお産を見届けたらかくも長き年月の人間の育児は終わり。動物は多くは子育ての時は一緒に居てつがうけれども、終わったら一匹で暮らすものが多い。私はどっちでもいいなあ。夫と一緒でも一人でもどっちでもいい。1人なら一人で、二人なら二人で、楽しく暮らせる。でも動けなくなったら、自力で食べられなくなったら終わりがいいな。



#出勤間際。猫のニャンちゃんは私の外出を分かっていて何となく近くにいる。顔を洗っていると洗面台の棚の上に飛び乗った。ここにいる時のニャンは「どんなもんだい」という上から目線でかなり傲慢に下界を見下ろしている。
少し脅かしてやりたくなり、大きなビニールのゴミ袋に空気を入れてばさばさと振り上げた。

すると驚いた猫は、飛び降りるしぐさを見せたので、今降りられるとまとわりつかれて面倒とばかり、「コラー 下りるな、」と手で制した猫に。でもそんなこと分かるわけない。ジャーンプ!

ニャンはいつも洗濯機の上を中継にして飛び降りるのだが、バランスをとるために大きく尻尾を左右に動かした。コラー と叫んだ私の顔に尻尾が当たり、口に尻尾の先が7センチくらい、ズボ!と命中。気持ちの悪い猫の尻尾の毛束のざらざらした感覚が口いっぱいに広がった。更に大きく口を開けて「ギャー!」と叫び、猫の尻尾はズボ!と抜けた。洗面台で30回くらい口をすすぎ、意味があるかどうか分からないけれどそんなことはどうでも良くってイソジンガーグルで30回くらいうがいして「消毒」した。



帰宅した夫に。
いかに猫の尻尾の口の感触が気持ち悪いかを力説した。
しかし「いい年をして何をやってるんだ・・・」と一蹴。
夫婦の溝を深く感じる。



                                                                        
| - | 09:45 | comments(0) | - | pookmark |
神様は何に負けたのだろう?
 

#京都から帰って一週間は腰や背中が痛んで、さては京都で電動アシスト自転車を乗り回し過ぎたかと後悔した。しかし日曜に気分が悪かった翌月曜日、熱が出て2日休んだ。その間騒がしくなった地震関連のテレビをつけていた。

あの阿蘇神社の残念な壊れようはどうだろう。去年の10月の日記に阿蘇神社の境内で撮った写真をアップしている。清々しい印象の立派な神社だった。あの壊れようを見ると阿蘇神社の神様は身を挺して戦ってくれたのだよ。そして負けたのだ。
何に? 神様は何に負けたのだろう?



14日の9時半頃の最初の揺れはスポーツクラブでダイエットに励んでいた時刻で、更衣室に戻るとやけに今日は人が少なかった。後から考えれば 皆テレビや携帯で知ってやおら引き上げたと思われる。翌深夜1時半頃の大きな揺れでは、私はひと眠りした後風呂に入っており、のんびり浸かっていると部屋に置いた防災アプリのブーブーいう音が家中に響いた。夫のと私のと私のipadとipadプロが一斉に鳴り、ほどなく町の防災無線が「大きな地震だ」と深夜にも関わらず大きな音で鳴り出した、(町中飛び起きたと思う)のほほんと湯に浸かっていた私も風呂を飛び出し、慌ててナスキに電話した。熊本との県境近くの福岡にいるので、かなり揺れたに違いなく、今の揺れでは起きたに違いない。あの子のアパート潰れたかしらと思ったらかなりなことでも冷静な私も iPhoneの電話の掛け方が分からなくなり、手が震えた。かけた電話のコールの一回目ですぐ息子が出たのでああやれやれ。地震の心得を取り急ぎ伝授した。


揺れたらすぐドアを開け、逃げ道を確保すること、ガスの元を閉めること、風呂おけ、やかんやペットボトルに水が出るうちに水を貯めること、電気、ガス、水道は地震が大きいときはほぼ止まるからそれぞれに備えること、大きな揺れがあったら「無事」とラインを入れること。家を離れる時は居場所を連絡すること。行き場に困ったら大学に行くこと。どういうわけかこういう時はトイレットペーパーがすぐ売り切れるので、在庫を確認すること。非常食を4〜7日分くらい確保すること。翌朝一番で水を買いに行ったナスキは「既に売り切れでした」とラインを打ってきた。なのでキッチンハイターでペットボトルを消毒し、一旦少量の湯で洗ってその中に湯冷ましを入れ、冷凍庫に入れておくよう指示。危機管理の練習にはちょうど良かった。




#クールジャパン、というNHKの番組を、夫が好きで時々私も横で見ている。
今回のテーマは「どうして日本人は人前で○○なの?」
順番は忘れたが「どうして道端でべろべろに酔っぱらうのか」「どうして電車で化粧をするのか」「どうして電車の中でいやらしい本を読むのか」「職場に家族の写真を飾らないのか」など。

べろべろに酔っぱらった日本人にこうしたことが大嫌いなギリシャ人がインタビューしていたら、日本人のヨッパがインタビュアのお尻に(ズボンの上から)両手を合わせ肛門に向かってズン、なんかやってて、インタビュアのギリシャ人は本気で「あんたギリシャでこんなことしたら袋叩き」と怒っていた。

道端でへべれけに酔っぱらったり 電車でお化粧をしたり いやらしい本を読むのは外人じゃなくたってお行儀がいいとは言えない。私はしない。まあ、リップクリームくらいは塗るかもしれないな。唇が弱くて乾くと痛いので。外国でも行儀のいい人と悪い人はいると思うが、ピンからキリまでこういうことはしないんだろうか。

酔う、については私はあまり飲まないのでコメントはしようがない。夫は相当強くてあまり悪酔いしないけど時々はからむ。そういう時はほってある。私は寄り付かないので被害はない。外で飲んでどうなっているかは知らない。>いいのか?

電車で化粧は、行儀がいいとは言えないけど、たぶん遅刻するからとにかく化粧道具を持って出て、そこで時間を稼いでいるんだろう。遅刻するよりは他人の前でやっちゃえ、どうせ行きずりの人だちだ、ということか。遅刻と行儀と比べれば遅刻を避けるのは仕方ないかもしれない。


どうして電車の中でエロ本を読むのか、は、私は女なのでやったことがない。夫も息子もないと思う。でもやっている人は見たことはある。だからどう、ということはないなあ。確かに行為自体は破廉恥だと思うけど、私とは終生関わることのない人種がやっていることだ。無視していいかも。私には関係ない。本人が行きずりの人に破廉恥なやつだと思われても別にいいやという価値観で生きているのなら私がとやかくいう事ではない気がする。意外と外人のほうが他人のアクションに対し口を出すんだな。


化粧とエロ本についてはこうも思う、電車の中でありながら透明な個室にいる感覚なんじゃないだろうか。私も無視しているように向こうも私を意識していない(=無視している)。お互い見えない架空の壁の内側にいる、という解釈でどうだろう。お互い相手がいないものとして考えている。

日本人はその昔、行儀のいい民族として見られていたと思うが、今や全く違うらしい。


家族の写真の件は、とやかく言われるのは納得できない。それは日本の文化じゃないか。私も家族の写真を飾らない。ただでさえ狭い仕事のデスクの上では邪魔だ。公私を分けるという考え方が徹底しているから、というものあるだろう。外人がちょくちょく訪ねてくるオフィスではまた違うのかもしれない。

私の職場は女性が多く、どうしても子供の病気や入学式、入試、卒業式で休みが出る。そのために有給を取ると 子供が居ない人や独身の人にその日の勤務は振られる。そこにこれ見よがしに可愛い七五三の写真や孫の写真なんかがあったら面白くない人もいるだろう。家族っていろいろあるのである。家族のことはそれぞれにそっとしておくほうがいいと考える人は多いと思う。NHKではその辺りの意見は出ず、ちょっと残念だった。





#京都の桜は本当に美しかった。
最も印象に残ったのはインクライン十石舟で、(こんな感じ)まさにこの通りでものすごく綺麗だったんだけど超ガッカリしたのが、臭いのよ、水が! 岡崎疎水の水は琵琶湖から引いてきてるから、琵琶湖には生活用水も流れ込むし水はそうきれいじゃないとは聞いたことはあるけど、くっさーい・・・・orz

南九州は雨が多く、その代わりに本当にきれいな水が豊富に湧き出るところなので、これだけは うーむ・・・・何とかならんのか、ちう感じだった。



帰鹿してひとしきりあちこちで桜の話をした後に、来年の桜はどこで見ようか?と思う。>えーっ まだ行くんですかい? あれこれ思案の末に、来年は高遠城址に行こうと思う>いつ気が変わるかはわかりません。
高遠は夫の父の郷里なのだ。なんでも高遠城に出入りしていた御用商人の家だったらしい。私たち夫婦は何を隠そう、ナント本籍は長野県人なのだ。殆ど行ったことは無い。そこに有名な桜があるのだから行かぬ手はない。夫の父の実家を継いだ伯父が居たはずだがハテどうなったやら。最近とんと噂を聞かぬ。


#桜を見に行く前後に、大学の同期の訃報が2件入った。私はそろそろそういう年になった。
一件は2月の初めで、割と近くで開業していた友人。卒業後お互い顔を合わせる機会が殆ど無かった。風の便りに肝臓が悪いらしいと聞いていたのだが、おそらく肝臓がんだったと思う。もう一件は数年前から肺がんで闘病中と聞いていた。発病から5年もちこたえた。いよいよというときまで診療しており、最後のやりかけの仕事を近くに住む同期に頼んだ。
「いよいよだめだから後始末を頼む。」 
頼んだ方も、頼まれた方も、立派だった。あっぱれ かくありたし。


散るさくら 残るさくらも 散るさくら(良寛)






 
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ナスカ的絶賛「旅をする本」
 


星野道夫さんという方が書かれた本について。しかし本の内容だけではない。久々にNHKBSの受信料払ってて良かった!(私の住んでいる地区はBS受信料を払うことが家を建てる時決められている変な地区で常々苦々しく思っていた)という番組。

ある名古屋の大学生が一年かけて旅行に行きたいと思い、スペインのカディスに行き、たまたま星野道夫さんの「旅をする木」という本を入手した。そしてこの本を手放すとき、表紙のタイトルの「木」の字に一本線を引き、「本」にした。「旅をする本」。そして表紙の裏に、「この本に旅をさせて下さい。」と書き、裏表紙をめくったページに自分の署名と場所を記した。またこれが下手くそな、実に味のある字で書かれている。カバーも、勿論帯もなくなっている。



本は人の手から人の手へ渡っていった。旅先で出会った人に、友人へ、知人へ、またある時は古本屋に売られ(こんな貴重な本を古本屋なんかに売るか普通?)そして入手しタイの環境分野への国際協力を約束する調印の仕事をしている京都大職員、京都大卒の生態学研究者の女の子田邊さん(この方のホームページにもこの本のことを書いていらっしゃいます)につなぎ、南極観測隊員から北極地点をめざす冒険家に、本はアジア、ヨーロッパ、北極、南極、と流れ続ける。そしてNHKの取材班の目に留まり、撮影班は順々に、判明したリレー者を探してインタビューしていったという番組。物事、話の面白さは設定で八分は決まるけれどもこんなに面白い設定があるだろうか。ドキュメンタリーではなく映画でもいいくらいだ。(ドキュメンタリーだからこそ十二分に面白いともいえるけれども)


北極地点をめざす冒険家に手渡されたとき、手渡した人は「この本は必ず次の人に手渡されねばならない。だから君は必ず生きて帰れ」という強い無言のメッセージが込められていた。手渡した人はカメラマンで、かつて冬山に7人のクルーとともに登ったことがある。7人はともに命綱でつないだが、自分はカメラマンだったために少し距離を置いて撮影せねばならず命綱を結んでいなかった。もう登り切るというところで一人が滑落し、残りの人々は彼の重みを保ち切れずに谷底へ落ちて行った。ロープを確保していた最後の一人が6人の重みを支えきれず、6人の重みで綱がピンと引かれ、打ち込んでいた杭(?)がバカッと外れ彼は大きく跳ねて落ちて行った。その跳ね、落ちて行く最後の瞬間までカメラマン氏と互いにじっと目を合わせていたという。「その時の彼の目が忘れられない。一生忘れられないだろうと思う。」


このカメラマン氏に、必ず無事に戻れという強いメッセージを帯びて北極地点へ行く冒険家に手渡された。
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本は5人目から後の人は判明したが、タイの日本の本専門の古本屋に売られる前の持ち主から以前が誰だったのか分からない。ここで途切れてしまった。インターネット、facebookその他で取材を重ね、NHKはこれを始めた最初の持ち主にたどり着いた。


ところがなんと。話を聞いてみると、これは彼が思いついたアイディアではなく、彼にはお兄さんがいるのだが、兄が彼に「この本のタイトルに一本線を引いて本に旅をさせるというのが流行っている」と聞いて自分もやってみただけのことだったと言うのだ。しかも彼は単純に旅先でたまたま出会った人にこの本を譲っており、名前も写真も残っていない。驚くべきことに当時それが流行っていたということは、「旅をする本」は何冊もあることになる。


ふーん! というラストだった。最初、こんなメッセージ性を帯びた貴重な本を古本屋なんかに売るかなと思ったのだけれども、ちょっとあれに似てるな、ボトルに手紙を入れて海に流すやつ。でもあれは1対1だけれどこれは本をリレーしてずっと人を結んでいく。誰が考えたことだか知らないけれど、日本人ってセンスいいやついるじゃーん!! 嬉しいぞ!!かっこいいじゃん! 日本人!!


著者兼カメラマンの星野道夫さんは、新婚の奥さんと子供が居たが、20年前にアラスカでクマに襲われて亡くなった。星野さん自身の映像も残っていて番組でも流れた。奥さんは星野さんの書かれた本の言葉に慰められ励まされ、今日までやってきたと話され、中でもこのエッセイ「旅をする木」が好きだとおっしゃったので、私も早速アマゾンに発注。


あれだけの番組だ。必ずNHK総合及び再放送が近くあるだろう。是非おススメの番組です。ナスカ的絶賛。












| - | 11:32 | comments(0) | - | pookmark |
「全面的に賛同する」


#一躍有名になった「保育園落ちた 日本死ね!」 について。感慨深く読んだ。



言葉の汚さは置いておくとして、私が働くために保育園を探した時代にはこんな声をあげることさえ出来なかった。私も深刻に困っていた。その時はダイアリーにも書けなかったけれども、当時保育所は今よりずっと数が少なくて、入れるためには所得制限があったのである。いくらだったか忘れたが年収いくら以上(確か400万くらい?)はそもそも入園を申し込むことすら出来なかった。

当時私はちっとも働きたいと思っておらず、ただ父が倒れたためにやむなく年少組で入ることになっていた幼稚園を取りやめてでも(入園料をすでに納めていた)保育園に移り、働かざるを得ない家庭の事情があった。お金があるんだったら奥さんは家で子供を見なさいよ、それでも働くなら子守を雇えば?という根強い空気が一般にあった。子守なんて時代錯誤の職業の人を近辺で見つけることは出来なかったし、母は孫の面倒なんで全く見る気のない人だった。お金は子育てはしてくれない。言葉に言い尽くせない苦しい状況にあった。今考えても、よく乗り切ったなと思う。先のことなど何も考えられなかった、ただ今日一日をどうしよう、どうやって乗り切ろうという日の連続だった。


私の妹も福岡市内で似たような状況で子育てをしたが、福岡は都市部なので自民党が弱い地盤で、福祉が鹿児島よりよほど進んでいた。それでも妹は子供を入れるところに困って右往左往し、最終的に私の持っていた細いつてでやっと入れる保育所を見つけた。私と妹は11歳違いということもあって、少し状況はましになっていたかもな。田舎と都会ということもあるだろう。田舎は母親が子育てをせず仕事をすることに対し冷たい。







#I君「今の世の中は男が稼ぎが少ないし、普通のサラリーマンでは昇給はあまり望めません。夫の給料が100万上がるのはほぼ無理に近いですが、妻がパートで100万働くのは簡単ですよ。絶対奥さんも働いたほうがいいんですよ。

僕は、家内と結婚するとき、一つだけ条件があったんです。『僕は家事はいくらでも手伝うから、生涯仕事は続けて稼いでほしい』ということです。それが、子供を産んだと同時になし崩し的に反故にされました。それだけは今も残念です。お金のない苦労と家事をする苦労、どっちがましかと言えば家事をする苦労に決まってますよ。」 なるほど。




よほど悔しいらしく彼が時折このことを言うので、ある日言ってみた。



ナ「ねえ、I君がその条件を言った時、奥さんはなんておっしゃったのかしら? 本当は嫌で自分は専業主婦になりたいと思っていたのに、あなたにそう言われたので、
『う、うん・・・』って了解しただけじゃないの?  

それに、奥さんのお母さんは、専業主婦だったんじゃない? 私たちが娘時分は、専業主婦がステイタスみたいなところがあったもんね・・・今もそうなのかもしれないけどね。娘は大体母親を自分の将来モデル(の原型)に考えて育つから専業主婦のお母さんを持っていたら自然にお母さんのようになるんだと思って育ってると思うのよ。あなたは自分のお母さんがずっと仕事してきたでしょ? だからそれがあなたの「自然」なのよ。丁度同じよう奥さんには専業主婦が「自然」だったんじゃないかしら。


もしも働く奥さんが欲しかったのなら、お母さんが仕事してる人の娘を貰わないといけなかったのよ。」

彼は はっとした表情で、
「僕は今 ナスカさんに言われるまで、・・・・家内があの時どんな表情で何と言ったのか覚えてないって気づきました・・・・。もしかしたら・・・、僕は・・・僕が言ったのははっきり覚えてるけど、もしかしたら家内は聞いてなかったかもしれないし、返事はしてないのかもしれない・・・。何も覚えてないんですよ。」  アハハハ・・・ ダメじゃーん(笑)






#私が結婚したとき、実家の母は『生涯働け、私もそうしてきた』と言った。しかし、母の時代はお手伝いさんも子守のねえやもいくらでも見つかる時代だったし、祖母が私の面倒を殆どみてくれた。

夫の母(姑)は、「女もこれからは自分の食い扶持は自分で稼がなきゃね」と言ったし、自分もそうしてきた人だった。しかし私は母が育ててくれなかったことに対する不満が大きく、自分は自分の子供を大切に育てたいと切望して育ってきていた。それで専業主婦になったのである。

友人Y子は父親が医者で自分も女医になり、お医者さんと結婚した。自分は働きたいと強く希望したが、実家の父親と姑が大反対だった。暮らしに困っているわけではないのだから自分の子供くらい自分で育てろ、というのである。もちろん保育園は所得制限で保育園には入れない。二人して、「うまく行かないね、」と言い合った。



専業主婦をするのか働きに出るのかは、多分に個人的な問題なのだ。今つくづく考えるに、社会は、どちらの事情も呑み込んで、希望する親の子は全て保育所で預かるシステムを今日までに作っておくべきだった。遅きに失した感があるが、今からでもしないよりましだ。日本人を増やしたければもっと保育に有効な手を打ってほしい。






#昨日、神奈川県相模原市の中学生の男の子が父親に執拗に暴力を振るわれ自殺したニュースが出ていた。児童相談所の所長は保護するほど急迫した状況になく対応は間違っていなかったと思うと言っているが、自殺するほど悩んでいたのに対応が間違っていなかったということがあるんだろうか。親に殴られ続け、出口のない虐待で自殺してしまうほどの少年の絶望を考えると残念でならない。


日本国は日本人を増やしたいのではないのか?
虐待やいじめで結局育たない子は沢山いる。親が育てなくても社会が育てるシステムがあってもいいのではないか?親のない子をつんぼはじきにしないで、暖かく育むシステムが。生まれないならともかく、子供は生まれている。大切に育てれば育つはずの子供が。「このまま行けば、日本は中国かアメリカの州のひとつになるだろう」と書いてある本を読んだが(書名を忘れた)その時はむっとしたが、確かにこの国の行く末は、移民を受け入れてしょっちゅうテロが起きる国の一つになるか、どんどん人口が減って中国かロシアが攻めてきてあっという間に占領されるか、それを止めるためにアメリカの属州になるかしかない気がする。



責任の一端は女にもある。一連の福祉関連のニュースを見る時、画面はみんな男。昨日の児童相談所の所長も、テレビに出てくる保育行政の担当官も、保育所が足りないと叫んでいる政治家も。もっと言えばお爺さんばっかり! だから爺さんの価値観に沿った国になってしまう。私よりももっと成績優秀な女は沢山いるはずだ。中学でも高校でも沢山いた。あれらは何処へ行った? あれらはみんな、専業主婦になった。そして家で有閑マダムをやっている。そして知事に、「だから女にはサインコサインなど教える必要はない」などと言われる。悔しくはないのか?





大学まで行って勉強したような人は、家でゴロゴロしてないで、責任として社会で活躍すべきだ。女はその宿命として子供を産み、産んだ子をどうにかせねばならないが、それは社会で面倒みるとすると、社会に出る女たちのために、困っている女たちのために社会を変えてくれる女が必要だ。それをしないから、事情が全く分かっていないピンぼけの爺さんの政治家や官僚の言うがままに、意味不明なものにどんどんお金が流れていく。どんなに若い、良心的な、誠実な、または壮年期の男でも、このことは男ではダメなのだ。




#件の「日本死ね!」の記事、やはり乱暴な汚い言葉遣いはやめてほしい。この言葉遣いが強調していることの中身には全面的に賛同する。








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猫の時間

#月曜の夜のスカパー。アニマルプラネットという局の「猫ヘルパー」なる番組を見た。年始に見たい番組があり申し込んだのだが、1ヶ月無料で、1ヶ月でやめることは出来ない決まりなので2月も見ている。

ジャクソン・ギャラクシー というこわもての褐色の肌の大男が、(黒人って差別用語だっけどうだっけ?)ものすごい柄の総入れ墨をしている。昼は猫ヘルパー、夜はミュージシャンをやっていて、禿で真っ黒い顎髭をなっがーく伸ばして、側頭部を変な模様に刈り込んでいる明らかに常識的には変な人。

このジャクソン・ギャラクシーが申し込んできた家庭を訪ね、食事やフンなど問題行動のある猫の問題を解決し、猫が原因で崩壊状態の家族の絆を取り戻すドキュメンタリー番組なのである。殆どはうまく問題を解決し家族もしくは同居している者同士を仲良くさせるが、中には猫を可愛がる妻とむしろ猫が嫌いな夫のカップルで、猫の悪癖は治ったものの夫とは離婚したという話もあった。

ほぼ全てのケースで飼い主の人間関係や性格、考え方が猫に微妙な影を落とし、それがもとで問題行動に繋がっている。ペットの宿命か。しかし、どんなに酷い問題行動でも、例えば家中におしっこやスプレーをして回り、家中臭くてたまらないという場合でも、ちゃんと治るらしい。ま、台本もあるんだろうしうまく行ったものだけを放送しているんだろうけど。

へえ、と思ったのは 猫の爪をとる手術があって、それは人間でいえば指の第一関節から先を切り取ってしまうのと同じことで、その手術をすると猫砂を踏むと激痛が走るらしい。猫は2度と猫砂でおしっこをしなくなるのだそうだ。






#ちょっと長い噂話。某所でのまた聞きである。とあるオフィスでセクハラがあった。♂61才は10年程前に妻に逃げられ離婚している。場面は、二人きりになったオフィスで♂が後ろから羽交い締めにし、首筋に吸い付いた。数回、そんなことがあったらしい。♀は泣いて、 「絶対に誰にも知られたくない。辞表を出す。♂に、私が他言したと知られたら仕返しされるかもしれない、怖い。」とうち震えながら言った。♂はそのことを全く知らなかった。二人の上司は♀の訴えを聞き、♂の異動を部長に頼み、別の場所に離れたので♀はそれ以上のことなきを得た。


ところが、異動先でまた同じようなことが起こった。♂は新しいに迫り、今度のは少し世慣れた人で胸を(触られないように)腕で×の字に覆って少し笑いながら「いやぁねえ、Pさんたら」くらい言って彼の腕をすり抜けた。こんなことが二度ほどあり、は3月いっぱいで辞めたいと言ってきた。

上司に、「女の子たちがあなたが大嫌いで辞めたいと言ってる。心当たりはあるか? みんなが辞めると事業所が立ちいかないからあんたが辞めてくれ」と言われ、ハトが豆鉄砲を食らったような顔でP「ショックだ・・・みんなに好かれていると思っていたのに!!さんなんかとも仲が良かったし。」 彼は心の底から本気で、自分は信頼されており、これだけのことをしたにも関わらず彼女たち(さんにも勿論)と仲良しだと大真面目に思っていたらしい。元来、人のボディサインを見誤るたちの人なのだろう。離婚して妻子がいなくなった後親が死に、50代で一人ぼっちになった。


ナ「一体どうしてそんな誤解が生まれたのかな。また、その♀たちは何で騒がないのかな? 私なら噛みついて引っかいて箒の柄でぶったくってそこらあたりの本だのなんだの投げつけて激しく抵抗するがなァ。社長室に駆け込んで『社長っ!! この会社はセクハラに鈍感なんですかっ! ひどいセクハラされました!』とかなんとか騒いで助けを求めると思うがなぁ。それでもし辞める羽目になっても、出るところに出ればこっちの勝ちだよ。」
男の社長じゃあちょっと言えないかもしれないけれど、そこの社長は女性だった。




#A君「こんな実験があるんですよ。面識のない女5人、男5人を互いに自由に話をさせる。女性一人一人に気に入った男の名を書いてもらう。次に別室で1対1で会わせる。その時、女性の一番気に入った男に「あること」をしてもらう。すると女性が、最初一番気に入っていたその男のことが大嫌いになるんですって。


次に、別の男女10人を集め、自由に話させる。今度は男に、一番印象が悪かった女性の名前を書いてもらう。さっきと同じに別室で、1対1で会ってもらい、その男性が一番印象が悪いと書いた女性に「あること」をしてもらう。すると男性が一番印象が悪いと書いた女性の好感度が大幅にアップするんです。

さて、『あること』とは何でしょうか? という設問で、答えは『ボディタッチ』なんですよ。」




回りくどい説明だが、要するにあまりよく知らない異性間でボディタッチ(相手の体に触る)をすると、女たちはみんな最初印象の良かった男でも大嫌いになり、男たちはみんな嫌いだった女のことが大好きになる。こういうことらしい。




うーむ。最初ピンと来なかったが(何しろ知らない男と触りっこなんかしないし)普通女は痴漢大嫌いだよね。そういうことかな。男はよく知らない女でも体に触るのは嬉しいのか?



そういえば中学のころ、こんなことがあった。私の中学は教育学部の付属だったので教生の先生(大学生が教育実習に来る)が沢山来るところだった。当然お兄さんの年の若い先生の卵は女子の憧れの的になり、彼の周りにはよく女の子が集まっていた。ある時私はその先生の横に立っており、その先生は親愛の情を込めて頭を、撫でるより強く、叩くより弱くぐらいの強さで頭頂部から首の後ろ当たり、髪があるところを触るのである。その先生は女子中学生の頭を撫でたり触ったりする癖がある人だったのだろうか、それとも手についた若い女の頭の脂の匂いが好きだったのか。。今思うとやはり結構気持ちが悪い。


非常に不快に感じ、最初割と好きだったこの先生が大嫌いになった。自分でもどうしてなのかうまく説明できなかったけれど以後教生期間が終わるまで、この人とは口をきかなかった。





#更に。40年も前の話ですっかり忘れていたが一連の話で思い出した。
18歳の時のことである。大学に入学してしばらく経ったころ、たぶん5月くらいじゃなかっただろうか。同期の男の子Kと顔見知りより少し親しくなった。知人以上友人未満というところだったと私は思っている。


ある日、大学近くの大きなお寺の山門で(通学時ここを必ず通っていた)、帰宅途中誰かが暗がりから飛び出して、私に網をかけるように腕を広げて上から捕まえ、抱きしめて離さない。日はとっぷり暮れて周囲は真っ暗で顔は見えなかった。「離せっ! 離せ! 何するこの卑怯者!」死にもの狂いで暴れ、噛みつくわ引っかくわ、蹴り飛ばして何とか振りほどこうとした。この私のことだから恐怖のあまり本当に死にもの狂いだったと思う。するとその男は、「僕だよ、Kだよ!」と言った。



私が暴れれば暴れるほどより私の動きを止めるために強く抱き締める、如何せん女の力では負ける。体格も格段に違っていたし(170センチはあった)、当時私は158センチ42キロくらいの体重の細い子だった。胸郭が全く膨らませず息が出来ない。苦しくて恐怖のあまり殺される!と深刻に命の危険を感じた。

死ぬ! 

頭の中で誰かの声が助けた。
「押してもダメなら引いてみな」
そして咄嗟に瞬時に体の力を抜いた。死んだ(気絶した)ふりである。そして男が油断した隙をついて走って逃げた。


このことでは、どう考えても 私が彼に好意を持ったとは誰も思わないと思う。私は以後注意深く彼を避けた。



ところが彼は悪びれる風もなく親し気に話しかけて来、私の郵便受けにコンドームを入れるという下品な悪戯をしたり悪戯電話等して気持ち悪かった。学校ではなるべく当たり障りのないようにしていた。

ところがある夜その男が家に訪ねて来て家に入れろという。8時ころではなかっただろうか。当時住んでいたのは父が借りてくれた築20年くらいの公団住宅風4階建てマンションの4階だった。扉を開ける気はなかったがドアの外で男が開けろとあまりに騒ぐので、近所の目を気にして仕方なく開けた。しかし注意して玄関の外に自分が出て、扉を後ろ手に閉めた。
今なら違う対応もあっただろうが(帰れ!警察を呼ぶぞ、とか?)当時は私も18歳の娘っ子である。


家に上げろと粘る彼に、「どうして家に上げないといけないのか。意味が分からない。私はあなたに好意を持ってるわけでもないし、親しい間柄でもない。」と言うと、たいそう驚いた顔で

「君は僕が好きなはずだ」

と強く言い切った。


・・・いやいやいややや、、、一体どこをどう勘違いしたらそういうことになるのか! 驚きのあまり頭が回らない。



ナ「私が一度でもあなたを好きだと言いましたか? ありません。すり寄ったことがありますか? あなたを好きなそぶりをしましたか? 一緒にデートに出かけましたか? 手をつないだことがありますか? 喫茶店でお茶を飲んだことありましたか? ありません。ありませんよ、一度も。

でも もしもどこかで誤解させることがあったならごめんなさい。でもでも、申し訳ないけど、とにかく家に入れる気は全然無いです。親にも絶対に男は家に上げるなと言われてるし。お帰り下さい。」 これで何故彼が納得できないのかまるで分からない。引っ込まなければ警察ものだ。実際今でいえばストーカーだ。


彼は納得せず、そこで私たちは入れろ入れないの激しい口論になり(私も必死)、とうとう激高した彼が私の頬を思い切り平手打ちした。都合20分ほどの出来事だったろうと思う。



一瞬何が起こったか分からなかった。彼は殴るなり身を翻して階段を走り下りた。怒り沸騰で脳みそが爆発した私は階段を数段を下り、おどり場から下に向かって、走り出る男に大声で叫んだ。

ナ「私を殴ってタダで済むと思うなっ!このボケっ!」


とにかく気が収まらず、学校のまだ知り合って日が浅い友人たちにこのことを言いふらした。彼がどんなに嫌な、不潔な、卑怯な、汚らわしいやつか。暗がりで女の子を待ち伏せて窒息寸前まで羽交い絞めにし、ストーカーをし、家に押しかけコンドームを置き、悪戯電話をし、果ては家に上げろと言って殴ったのだ。ろくに知り合いでもない女の子を! 変態だよ!


話はすぐに広まり、教授まで届き、彼は大恥をかいた。私は親にも話し、親は学校に抗議に行くと言ったが それはこれからの私のことを考えてやめてもらった。



間に入った友人が
「Kは本気で君があいつを好きだと思ったらしいよ。暗がりで抱きしめられて力を抜いたんだろ?」 

ナ「はあ〜? ああ。抜きましたよ、そりゃァーね! だっていくら離せ、と言って激しく暴れても離してくれるどころかどんどん力が強くなるから息も出来ず、腕は折れそうで手首は青あざが出来たくらい痛いし窒息してこのままでは死ぬと思ったから。死んだふりをしました! 命の危険があるほどだったんだよ? 恐怖の頂点で必死でやった咄嗟の知恵です!」

そして結果的に正しかった。あのときそうしなかったら絞め殺されていたかもしれない。若い男は若い女がどれほど非力か知らないのかもしれないが、彼は私がどれほどの恐怖に怯えたか多分今でも知らないだろう。


「うんうん、そうだろうとも。でも彼は、君が自分に好意をもって甘えて力を抜いたのだと思ったらしいよ。」

ナ「だって、走って逃げたんだよ? それで好意があることになるの??」

「恥ずかしがって逃げたんだと思ったんだって。」



はァ? どこのボケだとそうなるずら! つける薬がないとはこのことだ!




その後 学校で皆に、ナ「これから一生の間、何があっても彼とは絶対に、一言も、口をきかない。」と宣言した。どこでも無視し続けた。悪い人ではなかったのだろう。その後一生懸命謝ってくれたが、いくら謝られても絶対に許す気はない。口はきかずにそっちを見ず全面無視した。


6年後。卒業式の直前に「ナスカ、あいつとはこのままなのか?」と聞く人がいた。
ナ「別にこのままでもいいじゃん? 何の問題もないよ。」
その時には本当にかなりどうでも良くなっていたが、どうせここで別れ別れで生涯会うこともない。もしも卒業式の前後にそういう機会があればどうしようかなとは思った。そして機会はあり、人気の少なくなって来た最後の教室を立ち上がった時、向こうから来た彼が私に「さようなら。」と頭を下げ、私は頭は下げずに一言だけ「さよなら。」と言った。


30年後。私は同窓会で彼に会った。同じテーブルに親しい人がいた彼は私のテーブルに来て、隣りの隣の席に座った。私にはやっぱり、どうでもよかった。今更何の危険もないし。
彼が襲うにはオバサンすぎるし。
ナ「お元気でしたか。」
彼のオフィスが大地震で被害があったことは同窓会報に出ていたので知っていた。
が、今度は彼が、俯いたまま何も言わなかった。

そしてもう本当に永久に会うことはない。





#私が、今日ここで書きたかったのは、A君に実験の話を聞いて初めて、彼が18歳の時どうしてあんな恐ろしい勘違いをしたのか何となくわかった、そのことについてである。私は恐怖のあまり気が狂いそうになって力を抜いたのに、彼は私が自分のことを好きで力を抜いたのだと思ったのだ。某所のセクハラスタッフも、後でどんなにショックで悔し泣きしたにしても、セクハラされたとき恐怖のあまり凍り付きじっとしていたし、二つ目の事例でも胸を覆ってすり抜け、笑いながら応じている。ここで「わがままな男が自分勝手な思い込み」で この人は自分に好意があると思ってしまった。それ以外合理的な説明がつかない。


このことに関して男と女はかくほどに距離が遠い。これをうら若き方々に強く警告しておきたい。「いやよいやよも好きのうち」などという言葉があるがこれは違う。「いや」は「嫌」だ。「わがままな男の自分勝手な思い込み」は許されない。

人には、動物と同じように自分の周囲に固有空間というものがあって、人により少しずつその広さは違い、親しくなるごとにその距離は縮まっていく。不用意に他者のテリトリーを侵すと、非常な不快感を与え、サインを読み間違えると悲劇的なことになる。男はこのことをあまりにも軽く考え、図々しく動く。そして気が付いてみると仕事をクビになり、妻にも子にも去られ親は死に一人ぼっちになっていたりする。


セクハラに悩んでいる人への私の意見。
是非、1人で考えないで相談すべきです。上司でも、友人でも、家族でも、警察でも、公的機関でも何でもいい。ボケたやつはお愛想とかヨイショとかお世辞とかが全然分からない。雰囲気を柔らかくするためにちょっと微笑みかけたりすると 自分に気があると思い込んでしまう。


誤解が生まれた可能性があればできるだけ早い段階で、相手と物理的に距離を置く、(決して二人きりにならない、不便があったとしても直接の連絡手段を絶つ、なるべく顔を合わせず避ける)自分が相手をキライということと、周囲はあんたの行為を知ってるぞもっとやればもっと話は広がるぞ、ということをできるだけマイルドな言葉で(この手は強い言葉を使うとプライドが高くすぐ怒って暴れる)第三者に頼んで相手に伝えてもらうことが肝要だ。


辞職等で場所を変えてみても、積極的に解決する方法を身につけなければ必ずまた同じ状況が起こる。周囲への相談をためらって 相手が不本意にもあなたを絞め殺すことがあったら、全員にとって不幸なことだ。勇気をもって押し返してほしい。








#もしも件の彼と、普通の友人として楽しい学生時代を過ごせたらよかったのになあ、と少しだけ残念に思った。








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