県外に住む学生の投票権を考える

 

 

#京都の何神社だったか忘れたが、立ち寄った神社の境内でシュールな光景を見た。

初めは何をやってるのか分からなかったけれど 桜の神社を背景にファッション雑誌のグラビアでも撮っているのか。

桜に衣装はいいとして、地面がこぎたない。

 

可笑しいのはその3メートルほど横で、雨漏りに屋根にかけるブルーシートを敷いて女子供の10人ばかりが花見の宴会をしている。ファンタジーとリアルが奇妙に交錯するシーンだった。nonnonとかの表紙になりそうないでたちだが、どことなくミスマッチ?前はどんなデザインの服なのか大いに興味はあったけれど、回りこんで見る勇気はなかった。(まして写メる勇気はもっとない)

 

 

 

#ツイッターで私が某落選知事を嫌っていたのはここに立ち寄る方々は多分ご存知だと思うが、思ったより彼の票が伸びたのには驚いた。これでも私は50人くらいには声をかけて「絶対にあいつを再選するのはやめようや、」と言っていたので(女を敵に回すと恐ろしいのだ)立候補者は二人だったから、50人が減って反対側に動けば私のせいで100票は違ったことになる。この期に及んで一体誰があいつに入れたんだ? と思ったが、原発の九州電力関係、地元の川内(せんだい)市内には利害の関係で彼に多く入れたらしい。癒着が囁かれる医師会とは関係ない某T医療団体とか、土建業者とか。いや、私が言ったのではない、今月号の雑誌「選択」にも堂々と書いてあった。

 

 

鹿児島は民度が低いとか、核汚染物質のゴミは全部鹿児島県に引き取って貰おう 鹿児島県民は何でも総務省のいう事はOKらしいから、とか、去年大学に進学した女子の母親は近所の人に「よく進学を許されましたねえ? 普通あり得ないけど」と言われたとか、だからまあ、伊藤鹿児島県知事の県庁であった鹿児島県総合教育会議で「女には花の名前や社会の事象など教えておけばいい。サインコサインは教える必要はない」などという発言につながる。その感覚で政治をされたんじゃたまったもんじゃない。東大法学部卒だそうだが、東大法学部とはそんなにも男尊女卑を教える学校なんだろうか。

 

 

 

#先週金曜日の南日本新聞。

ーーーーー南日本新聞が県内43市町村のうち19市に聞いたところ、鹿児島市など9市が「進学して市外にいれば投票は認められない」との見解を示した。姶良市選管は今回の参院選・知事選で「県外に住む学生の不在者投票の申請を不受理にした。」という。公職選挙法では居住実体のない人は投票出来ないことになっており、住民票居住実体がないとは同市にあるものの「不現住扱い」となった。

奄美市と鹿屋市選管も不在理由が学業なら直接確認し、居住実体がないと「投票を断る」という。

 

一方、南九州市、枕崎、出水、阿久根、伊佐、志布志の6市は、、地元を離れて市街で暮らす下宿生の不在者投票を認めている。伊佐市は住民票を地元に残し、県外へ進学した子供を持つ親から相談があれば、不在者投票を勧めている。

 

他にも

総務省選挙課は「転居にあたっては住民票を移動してほしい」と強調。

最高裁判例では「学生の住所地は就学地」

「県内にいない人が他県の知事選で投票するのはおかしい」

「投票すれば違法」

ーーーーー(一部略)

 

 

しかーし。ちょっと待ってもらいたい。うちも息子が県外に出ているが、住民票は移していない。実は、「お願いだから、大学を出たら帰ってきてね、あなたの故郷はここよ。」との親の最後のこだわりの部分でもある。それがいいかどうかは別として、鹿児島県、または鹿児島市にとってどちらが得か考えてもらいたい。移してしまえば帰属意識はそちらに変わる。

 

 

鹿児島県は全国一生徒数の多い小学校がある。我が家からそう遠くない校区だ。最近法律が変わって休耕田などでぶらぶらさせていると税金がかかるらしく、かなりまとまった広い田畑がどんどん売りに出た。そこにどんどん家が建ち、そこで子供が沢山生まれた、という理由によるらしい。この子たちは高校までここで過ごすが、進学で大方が家を出る。しかも多くは県外の都会に。そして卒業しても仕事がないから帰ってこない。ただでさえ過疎が進む県内の人口はどんどん減る。初等教育でお金をかけるだけかけて、やっと働き手になって税金を回収できる時になって都会に取られてしまうのだ。

 

 

・・・・住民票は実家に残しておいた方がいいんじゃないか?でないと更に人口が減れば2県の合区どころか、当選者は南九州で1人などということになりかねない。田舎には更に不利になり、都会は更に有利になる。

北九州市が百万都市だったのが、人口減少で ある時百万を下回りそうになった。急遽実家を離れている学生の住民票をかき集めて百万を維持したという話を聞いたことがある。

 

今回のこんなに盛り上がった選挙でさえ、全国平均の投票率は54.7%。鹿児島県の投票率は56.77%。

インターネット投票さえ視野に入ったという世に、自分とかかわりのある知事選なら 実家の方でも居住区のほうでもどっちでもいいではないか。大切なのはみんなに投票させることだと思うが。違法になるのなら法律を変えればよい。時代は変わったのだ。

 

 

 

 

 

| - | 14:37 | comments(0) | - | pookmark |
コーヒーチェリー

 

 

#正直、コーヒーより紅茶派なので、コーヒー豆がまだ木にある時、こんなにも可愛いなりをしているとは知らなんだ。コーヒーチェリーというそうな。ぴったりの名前ねー。アイスショーを見に神戸に行ったんだけど、ホテルのすぐ近くにUCC珈琲館というミニ博物館みたいなのがあって、コーヒーの試飲も出来るしおススメですよ、とタクシーの運ちゃんに言われてちょっと行ってみることに。羽生結弦・命! という友人が連れて来た。(もう50もとっくに過ぎているんだに結弦君に恋をしているんだそうな)(なんだか羨ましいような羨ましくないような。)しかし、そんな友人でもいないことにはわざわざ神戸まで行ってアイスショーを見ようなんていうことにはならない。友人とは有り難い。

 

 

#ナスコの赤ん坊は男の子ということが判明し、金ちゃんという「たばこ屋日記名」をつけた。名前が無いとこの世に命が確定していないようで心もとない。先日ナスコと初めての赤ん坊の服を買いに出かけたら、「金」という大きな刺繍をした腹巻を売っていた。かなり売れ筋とのこと。うーむ。私と同じ感覚のやつがいるんだな・・・・。

 

というわけで金ちゃんの腹巻を買った。子供の名前は、男なら金ちゃん、女ならダイヤちゃんと決めていた。金の腹巻はあったが、この次、女だった場合、ダイヤという腹巻はないだろうなァ。さてどうしたものか。作るか? ナスコの舅姑はとても喜んでくれたそうだが、最初の子は女がええんじゃがのう。女ならちょっとくらい失敗?しても大勢に影響はないし、(男女差別だ!)体も丈夫で育てやすいよね。大きくなると男の子は力仕事で役に立つんだけど。

 

 

#6月24日に赤丸をして「車検」と書いておいた。夫がそれを見て、「あんたも24日車検か! 俺も24日車検。」 えーーーーっ・・・ そんなところまでつきあってくれなくてもいいのに! 何の打ち合わせもしてないのにどうして同じ日に車検???? 意味わからん。こんな時、どうも夫と私は同じ守護霊なのかなと思ったりする。守護霊さまはめんどくさいので、同じ日にしたのだ!

 

 

#夫の両親が、長男の責任として我が家の墓を建てろと言ってきた。義父は三男で初代となる。何であんたらの墓をうちが建てるの?と思わずイラッとするが、嫁業はさぼれるだけさぼっているのでまあ 墓くらいはいいかと思いなおす。どうせ墓参りも私がしないといけないのだからできるだけ簡単に済むようにしよう。折よく実家の墓の列を挟んだ向かいの区画が空いた。実家の墓はもともと市街地にあったが(大昔は田んぼの中だったと思われる)市が土葬を掘り返して焼いて再び墓に入れる(改葬)操作をする時、その市街地に点在していた墓を一か所にまとめたのだ。なので実家の分は無料だったが、新たに区画を使うとなると抽選の上15万円で永代使用権を取得することになる。条件として面倒をみる責任者は墓参して墓が草ぼうぼうにならないようにしておかねばならない。というわけでみんな墓をセメントや石で固めてしまっていて、昔のまま土に砂利という家はうち以外ぽつぽつしかない。

 

先年くじ引きがあり、首尾よくうちの向いが貰えることになった。助かる。墓参りが一篇に済む。最初はそれしか考えていなかったが、後になってみると自分が入るのに実家の向いかあ。舅や姑と一緒に墓に入るのもヤだけど、父母の向いってのもちょっとなァ。永遠にあの父母に頭を押さえられるみたいで。出来たらもう すっかり焼ききって灰にして撒いてもらうやつがいいんだけどなあ。実家は女の子二人で二人とも嫁に行って姓が違うので、実家の墓は私の後 もう見る人はいない。どっかで墓じまいすることかな。ファミリーヒストリー(NHK)なんかを見ると、墓でルーツをたどる場面が出てくる。墓がなくなると子孫が自分のルーツを探した時、不明ということになるかな・・・・。取りあえず私が死んでしばらくした後に実家の墓じまいしてくれと息子に頼んでおくとするか。

 

 

#もう一つ気になっていることがある。父は3歳の時に母親(私の祖母)を亡くし、父親(私の祖父)は婿養子だったので妻が死んで、もうその家にはいつかず、父が6歳の時に父を祖母に預けて家を出た。父は母親の墓に行くたび「これがお母さんだよ」と言われ続けた花崗岩の墓石を生涯大切にした。当時土葬だったが、私が10歳のころ墓を改葬することになり、横浜に住んでいた父は単身郷里に帰って墓の移設に立ち会った。改葬とはなんと恐ろしいものだろう。棺を掘り出して、蓋を開け、中身を確認し土などの汚れを綺麗に洗い流して(土がついていると火葬場に入れられない)火葬して埋葬するという手続きを基本的には取るらしい。

 

父は「棺の蓋を閉める時、自分の髪の毛を引き抜いてお母さんの棺に入れて来た」んだって。とは後日、当時私を育ててくれていた祖母が私に言ったこと。

その時はもとあった花崗岩の墓石を再度立てたが、この墓石には姓名が書かれていたため一人分の墓石なのだった。自分や自分の妻が入るためには◎◎家の墓でなくてはならないと考えた父は墓石を建て直した。しかし母親と思って大切にしてきた花崗岩の墓石を捨てられなかった。結局(なんと)うちの事業所の駐車場に置いた。来客から「こんなところに置いてはいけない」と言われ、(勿論坊さんに頼んでお魂抜きはしてあるのでただの石なんだけど)結局、実家所有の誰も行かない山の中に置いてしまった。通常はお魂抜きの後石は粉砕するらしい。

 

 

父の死後 手を入れる人はなく山はすぐに草藪、そして雑木が生えて山になった。一度だけ行ったことがあるが、うっそうとした山の中にお墓(墓石)がぽつんとあるのは想像するだけで恐ろしい。そんなことをしていいんだろうか。魂の宿らない墓石には変なものがついたりしないんだろうか?

 

 

夫の家の墓石を建てるため、知り合いの墓石屋に行ったときこの話を聞いてみた。

 

石屋「名前は彫ってあるんですか?骨ははいってないんですね?」 

ナ「名前はフルネームで掘ってあります。骨はないです。お坊さんに頼んで墓石の魂抜きもしてあります。」

石屋「それを、誰かが見たり人に迷惑をかけたりすることはあるんですか?」

ナ「全く人目につかぬイタチも蛇も出放題の山の中です。父が生きている頃は梅林だったこともあって梅を取りに行くこともあったんですが、もう誰も行かないので場所も分かるかあやしいくらいです。ただ、民家が4〜500メートルくらい離れたところに、当時はありました。近くに市の管理の自然遊歩道があるんですが、そこからも全く見えません。」

石屋「うーーむ。じゃあいいんじゃないかなあ。誰の目にも触れず誰にも迷惑をかけない上に お坊さんが魂抜きをしてあるのであれば、それは墓石という形をとったモニュメントですよ。私はあなたのお父さんがそこまでしてその墓石を大切にした気持ちを買いたいですけどね・・・。」

 

 

簡単にその場所にいけるのならともかく、今頃の季節は特に蛇なんかがじゃらじゃらいそうで怖い。このまま放置、放念したいと思っている私には渡りに舟の意見だった。有り難くご意見に従うこととする。

 

 

#私も、もうちょっと短い日記をちょくちょく更新しようと思ってはいるのですが・・・・。


 

| - | 12:45 | comments(0) | - | pookmark |
かくも長き年月の人間の育児


#何とか離陸していったナスコの新婚家庭は、なかなか順調な飛行とは言い難い。仲良くやってはいるけれど客観的に見てトラブルは少なくない。やっとこさ離陸していく重そうな飛行機の機影を見送ったが、あれから比べると私自身はなんと親孝行な娘であったことか。

昨夜は電話で相談がある、とLineで言ってきた。電話で相談、などというのはかなり緊急で困っているという意味である。                                                                            

#婿が借りている駐車場の隣りのスペースの人がイチャモンをつけてきた。暴走族みたいに車改造してバカバカなるようにした車の人で、大事にしている車に傷をつけたというのである。毎日車の点検をしていたけど、夜中に婿が仕事から帰った翌朝見たら10センチくらいの引っかき傷があった。バッグか何かで引っ掛けたんだろうと言う。タバコふかしながら行儀悪く高圧的で、しかも夜の11時半頃呼び出されてのイチャモン。彼は恐ろしがって(引っ越してきたばかりなのに)「引っ越そうか」と言ったらしい。あいつ、しょうがないなあ。ほんっとだらしないんだから。
ナスコ「『俺はお前がやったって思ってるからな!』って凄むんだって。『刺されたらどうしよう。引っ越そうかなあ・・・でもそれも逃げるみたいだし・・・』ってぐじぐじ悩んでた。」

ったく、情けないやつ。
ナ「医者なんだから刺されたらすぐ止血しろって言っときなさい!」

ナ「また接触してくるようならパパと私が出かけていくから呼びなさい。警察に一緒に行こうと言いましょう。届けを出さないと保険が使えないから、って。本当にうちに非があるなら出入りの保険屋を呼んで保険で処理する、と言いなさい。こういうのは傷が安くても保険を使うのよ! 交渉は全部保険屋に任せなさい。」

大方改造車なんかに乗ってマフラーバンバンふかして初対面の人と話をするのにスパスパタバコふかして凄むような人だから誰かに恨まれて傷つけられたんだろうよと思うけど、今後のことも考えて駐車場は別に探したほうがいいかもなあ。そんなのと隣り合わせというのは今後良くない。


ナスコの抱えるトラブルを見ると、私は夫に危険なところには近づかなくてもいいような人生を歩ませてくれたんだな感じる。私には経験のないトラブルをナスコは抱える。ナスコがこの世に生まれて来た意味というか解決すべき宿題なんだろうか。言っても聞かないからめんどくさくて最近はもう一切言わないようにしているけれど、ナスコたちの選択を見ているとどうもなぁ、という場合が多い。

例えばナスコのマンションは大きな川(2級河川)沿いにあるのだけど、私ならあそこには住まない。夜の川はうっかり落ちると怖い。小さい子供がいる時期に夜川のそばを通って行き来することはあるだろうし、学校の行き帰り、日が暮れた時間帯、高校、大学にもなれば橋を通ることもあるだろう。通常より危険性は高い気がする。同じ理由でナスキの部屋を選ぶ時も、万一を考えて川のそばは避けた。直感的に不吉だ。そんなことをふと口にすると夫も
「俺もそう思う。」
こういう価値観の一致って夫婦には大切なんだよねえ。


動物の母親が、危険を感じると巣を引っ越すことがあるが、どうもナスコは直感が弱い。理論的にどこも悪いわけではないから、こちらに説得する材料が乏しい。しかし、直感的に『それではない』。しかし、もうナスコたちの問題。かくも長き年月の人間の育児は終わった。

もういいのだ、どうなってももう30にもなる大人だし、と思うけど、失敗したとき手を貸すのってめんどくさいんだよねー・・・ほっとくと失敗して泣きついてくるし、それを収拾するのってストレスだ。しかし失敗しないと覚えないしなあ。

夫「ナスカだって30歳くらいの時はあんなもんだったじゃないか?」 
・・・・いいえぇ! 私はもっとしっかりしてましたよ。




#2月から大学の同期が二人、中学の同期が一人亡くなった。いずれも病気。癌とか肝炎とか。昭和30年代、日本人の平均寿命は50代だったから、昔ならそろそろ寿命だ。子供のころから私はなるべくぎりぎりまで子育てしたいし、育て終わったらすぐ死にたいなと思っていた。 子供が独立して娘のお産を見届けたらかくも長き年月の人間の育児は終わり。動物は多くは子育ての時は一緒に居てつがうけれども、終わったら一匹で暮らすものが多い。私はどっちでもいいなあ。夫と一緒でも一人でもどっちでもいい。1人なら一人で、二人なら二人で、楽しく暮らせる。でも動けなくなったら、自力で食べられなくなったら終わりがいいな。



#出勤間際。猫のニャンちゃんは私の外出を分かっていて何となく近くにいる。顔を洗っていると洗面台の棚の上に飛び乗った。ここにいる時のニャンは「どんなもんだい」という上から目線でかなり傲慢に下界を見下ろしている。
少し脅かしてやりたくなり、大きなビニールのゴミ袋に空気を入れてばさばさと振り上げた。

すると驚いた猫は、飛び降りるしぐさを見せたので、今降りられるとまとわりつかれて面倒とばかり、「コラー 下りるな、」と手で制した猫に。でもそんなこと分かるわけない。ジャーンプ!

ニャンはいつも洗濯機の上を中継にして飛び降りるのだが、バランスをとるために大きく尻尾を左右に動かした。コラー と叫んだ私の顔に尻尾が当たり、口に尻尾の先が7センチくらい、ズボ!と命中。気持ちの悪い猫の尻尾の毛束のざらざらした感覚が口いっぱいに広がった。更に大きく口を開けて「ギャー!」と叫び、猫の尻尾はズボ!と抜けた。洗面台で30回くらい口をすすぎ、意味があるかどうか分からないけれどそんなことはどうでも良くってイソジンガーグルで30回くらいうがいして「消毒」した。



帰宅した夫に。
いかに猫の尻尾の口の感触が気持ち悪いかを力説した。
しかし「いい年をして何をやってるんだ・・・」と一蹴。
夫婦の溝を深く感じる。



                                                                        
| - | 09:45 | comments(0) | - | pookmark |
神様は何に負けたのだろう?
 

#京都から帰って一週間は腰や背中が痛んで、さては京都で電動アシスト自転車を乗り回し過ぎたかと後悔した。しかし日曜に気分が悪かった翌月曜日、熱が出て2日休んだ。その間騒がしくなった地震関連のテレビをつけていた。

あの阿蘇神社の残念な壊れようはどうだろう。去年の10月の日記に阿蘇神社の境内で撮った写真をアップしている。清々しい印象の立派な神社だった。あの壊れようを見ると阿蘇神社の神様は身を挺して戦ってくれたのだよ。そして負けたのだ。
何に? 神様は何に負けたのだろう?



14日の9時半頃の最初の揺れはスポーツクラブでダイエットに励んでいた時刻で、更衣室に戻るとやけに今日は人が少なかった。後から考えれば 皆テレビや携帯で知ってやおら引き上げたと思われる。翌深夜1時半頃の大きな揺れでは、私はひと眠りした後風呂に入っており、のんびり浸かっていると部屋に置いた防災アプリのブーブーいう音が家中に響いた。夫のと私のと私のipadとipadプロが一斉に鳴り、ほどなく町の防災無線が「大きな地震だ」と深夜にも関わらず大きな音で鳴り出した、(町中飛び起きたと思う)のほほんと湯に浸かっていた私も風呂を飛び出し、慌ててナスキに電話した。熊本との県境近くの福岡にいるので、かなり揺れたに違いなく、今の揺れでは起きたに違いない。あの子のアパート潰れたかしらと思ったらかなりなことでも冷静な私も iPhoneの電話の掛け方が分からなくなり、手が震えた。かけた電話のコールの一回目ですぐ息子が出たのでああやれやれ。地震の心得を取り急ぎ伝授した。


揺れたらすぐドアを開け、逃げ道を確保すること、ガスの元を閉めること、風呂おけ、やかんやペットボトルに水が出るうちに水を貯めること、電気、ガス、水道は地震が大きいときはほぼ止まるからそれぞれに備えること、大きな揺れがあったら「無事」とラインを入れること。家を離れる時は居場所を連絡すること。行き場に困ったら大学に行くこと。どういうわけかこういう時はトイレットペーパーがすぐ売り切れるので、在庫を確認すること。非常食を4〜7日分くらい確保すること。翌朝一番で水を買いに行ったナスキは「既に売り切れでした」とラインを打ってきた。なのでキッチンハイターでペットボトルを消毒し、一旦少量の湯で洗ってその中に湯冷ましを入れ、冷凍庫に入れておくよう指示。危機管理の練習にはちょうど良かった。




#クールジャパン、というNHKの番組を、夫が好きで時々私も横で見ている。
今回のテーマは「どうして日本人は人前で○○なの?」
順番は忘れたが「どうして道端でべろべろに酔っぱらうのか」「どうして電車で化粧をするのか」「どうして電車の中でいやらしい本を読むのか」「職場に家族の写真を飾らないのか」など。

べろべろに酔っぱらった日本人にこうしたことが大嫌いなギリシャ人がインタビューしていたら、日本人のヨッパがインタビュアのお尻に(ズボンの上から)両手を合わせ肛門に向かってズン、なんかやってて、インタビュアのギリシャ人は本気で「あんたギリシャでこんなことしたら袋叩き」と怒っていた。

道端でへべれけに酔っぱらったり 電車でお化粧をしたり いやらしい本を読むのは外人じゃなくたってお行儀がいいとは言えない。私はしない。まあ、リップクリームくらいは塗るかもしれないな。唇が弱くて乾くと痛いので。外国でも行儀のいい人と悪い人はいると思うが、ピンからキリまでこういうことはしないんだろうか。

酔う、については私はあまり飲まないのでコメントはしようがない。夫は相当強くてあまり悪酔いしないけど時々はからむ。そういう時はほってある。私は寄り付かないので被害はない。外で飲んでどうなっているかは知らない。>いいのか?

電車で化粧は、行儀がいいとは言えないけど、たぶん遅刻するからとにかく化粧道具を持って出て、そこで時間を稼いでいるんだろう。遅刻するよりは他人の前でやっちゃえ、どうせ行きずりの人だちだ、ということか。遅刻と行儀と比べれば遅刻を避けるのは仕方ないかもしれない。


どうして電車の中でエロ本を読むのか、は、私は女なのでやったことがない。夫も息子もないと思う。でもやっている人は見たことはある。だからどう、ということはないなあ。確かに行為自体は破廉恥だと思うけど、私とは終生関わることのない人種がやっていることだ。無視していいかも。私には関係ない。本人が行きずりの人に破廉恥なやつだと思われても別にいいやという価値観で生きているのなら私がとやかくいう事ではない気がする。意外と外人のほうが他人のアクションに対し口を出すんだな。


化粧とエロ本についてはこうも思う、電車の中でありながら透明な個室にいる感覚なんじゃないだろうか。私も無視しているように向こうも私を意識していない(=無視している)。お互い見えない架空の壁の内側にいる、という解釈でどうだろう。お互い相手がいないものとして考えている。

日本人はその昔、行儀のいい民族として見られていたと思うが、今や全く違うらしい。


家族の写真の件は、とやかく言われるのは納得できない。それは日本の文化じゃないか。私も家族の写真を飾らない。ただでさえ狭い仕事のデスクの上では邪魔だ。公私を分けるという考え方が徹底しているから、というものあるだろう。外人がちょくちょく訪ねてくるオフィスではまた違うのかもしれない。

私の職場は女性が多く、どうしても子供の病気や入学式、入試、卒業式で休みが出る。そのために有給を取ると 子供が居ない人や独身の人にその日の勤務は振られる。そこにこれ見よがしに可愛い七五三の写真や孫の写真なんかがあったら面白くない人もいるだろう。家族っていろいろあるのである。家族のことはそれぞれにそっとしておくほうがいいと考える人は多いと思う。NHKではその辺りの意見は出ず、ちょっと残念だった。





#京都の桜は本当に美しかった。
最も印象に残ったのはインクライン十石舟で、(こんな感じ)まさにこの通りでものすごく綺麗だったんだけど超ガッカリしたのが、臭いのよ、水が! 岡崎疎水の水は琵琶湖から引いてきてるから、琵琶湖には生活用水も流れ込むし水はそうきれいじゃないとは聞いたことはあるけど、くっさーい・・・・orz

南九州は雨が多く、その代わりに本当にきれいな水が豊富に湧き出るところなので、これだけは うーむ・・・・何とかならんのか、ちう感じだった。



帰鹿してひとしきりあちこちで桜の話をした後に、来年の桜はどこで見ようか?と思う。>えーっ まだ行くんですかい? あれこれ思案の末に、来年は高遠城址に行こうと思う>いつ気が変わるかはわかりません。
高遠は夫の父の郷里なのだ。なんでも高遠城に出入りしていた御用商人の家だったらしい。私たち夫婦は何を隠そう、ナント本籍は長野県人なのだ。殆ど行ったことは無い。そこに有名な桜があるのだから行かぬ手はない。夫の父の実家を継いだ伯父が居たはずだがハテどうなったやら。最近とんと噂を聞かぬ。


#桜を見に行く前後に、大学の同期の訃報が2件入った。私はそろそろそういう年になった。
一件は2月の初めで、割と近くで開業していた友人。卒業後お互い顔を合わせる機会が殆ど無かった。風の便りに肝臓が悪いらしいと聞いていたのだが、おそらく肝臓がんだったと思う。もう一件は数年前から肺がんで闘病中と聞いていた。発病から5年もちこたえた。いよいよというときまで診療しており、最後のやりかけの仕事を近くに住む同期に頼んだ。
「いよいよだめだから後始末を頼む。」 
頼んだ方も、頼まれた方も、立派だった。あっぱれ かくありたし。


散るさくら 残るさくらも 散るさくら(良寛)






 
| - | 16:11 | comments(0) | - | pookmark |
ナスカ的絶賛「旅をする本」
 


星野道夫さんという方が書かれた本について。しかし本の内容だけではない。久々にNHKBSの受信料払ってて良かった!(私の住んでいる地区はBS受信料を払うことが家を建てる時決められている変な地区で常々苦々しく思っていた)という番組。

ある名古屋の大学生が一年かけて旅行に行きたいと思い、スペインのカディスに行き、たまたま星野道夫さんの「旅をする木」という本を入手した。そしてこの本を手放すとき、表紙のタイトルの「木」の字に一本線を引き、「本」にした。「旅をする本」。そして表紙の裏に、「この本に旅をさせて下さい。」と書き、裏表紙をめくったページに自分の署名と場所を記した。またこれが下手くそな、実に味のある字で書かれている。カバーも、勿論帯もなくなっている。



本は人の手から人の手へ渡っていった。旅先で出会った人に、友人へ、知人へ、またある時は古本屋に売られ(こんな貴重な本を古本屋なんかに売るか普通?)そして入手しタイの環境分野への国際協力を約束する調印の仕事をしている京都大職員、京都大卒の生態学研究者の女の子田邊さん(この方のホームページにもこの本のことを書いていらっしゃいます)につなぎ、南極観測隊員から北極地点をめざす冒険家に、本はアジア、ヨーロッパ、北極、南極、と流れ続ける。そしてNHKの取材班の目に留まり、撮影班は順々に、判明したリレー者を探してインタビューしていったという番組。物事、話の面白さは設定で八分は決まるけれどもこんなに面白い設定があるだろうか。ドキュメンタリーではなく映画でもいいくらいだ。(ドキュメンタリーだからこそ十二分に面白いともいえるけれども)


北極地点をめざす冒険家に手渡されたとき、手渡した人は「この本は必ず次の人に手渡されねばならない。だから君は必ず生きて帰れ」という強い無言のメッセージが込められていた。手渡した人はカメラマンで、かつて冬山に7人のクルーとともに登ったことがある。7人はともに命綱でつないだが、自分はカメラマンだったために少し距離を置いて撮影せねばならず命綱を結んでいなかった。もう登り切るというところで一人が滑落し、残りの人々は彼の重みを保ち切れずに谷底へ落ちて行った。ロープを確保していた最後の一人が6人の重みを支えきれず、6人の重みで綱がピンと引かれ、打ち込んでいた杭(?)がバカッと外れ彼は大きく跳ねて落ちて行った。その跳ね、落ちて行く最後の瞬間までカメラマン氏と互いにじっと目を合わせていたという。「その時の彼の目が忘れられない。一生忘れられないだろうと思う。」


このカメラマン氏に、必ず無事に戻れという強いメッセージを帯びて北極地点へ行く冒険家に手渡された。
    ・ 
    ・
    ・
    ・
本は5人目から後の人は判明したが、タイの日本の本専門の古本屋に売られる前の持ち主から以前が誰だったのか分からない。ここで途切れてしまった。インターネット、facebookその他で取材を重ね、NHKはこれを始めた最初の持ち主にたどり着いた。


ところがなんと。話を聞いてみると、これは彼が思いついたアイディアではなく、彼にはお兄さんがいるのだが、兄が彼に「この本のタイトルに一本線を引いて本に旅をさせるというのが流行っている」と聞いて自分もやってみただけのことだったと言うのだ。しかも彼は単純に旅先でたまたま出会った人にこの本を譲っており、名前も写真も残っていない。驚くべきことに当時それが流行っていたということは、「旅をする本」は何冊もあることになる。


ふーん! というラストだった。最初、こんなメッセージ性を帯びた貴重な本を古本屋なんかに売るかなと思ったのだけれども、ちょっとあれに似てるな、ボトルに手紙を入れて海に流すやつ。でもあれは1対1だけれどこれは本をリレーしてずっと人を結んでいく。誰が考えたことだか知らないけれど、日本人ってセンスいいやついるじゃーん!! 嬉しいぞ!!かっこいいじゃん! 日本人!!


著者兼カメラマンの星野道夫さんは、新婚の奥さんと子供が居たが、20年前にアラスカでクマに襲われて亡くなった。星野さん自身の映像も残っていて番組でも流れた。奥さんは星野さんの書かれた本の言葉に慰められ励まされ、今日までやってきたと話され、中でもこのエッセイ「旅をする木」が好きだとおっしゃったので、私も早速アマゾンに発注。


あれだけの番組だ。必ずNHK総合及び再放送が近くあるだろう。是非おススメの番組です。ナスカ的絶賛。












| - | 11:32 | comments(0) | - | pookmark |

CALENDAR

S M T W T F S
 123456
78910111213
14151617181920
21222324252627
28293031   
<< May 2017 >>

SELECTED ENTRIES

ARCHIVES

RECENT COMMENT

   

Serendipity(ツイッター)

Instagram

twitpic

情報誌 Serendipty

フォト蔵nyasca.

posted by (C)autumnapple

MOBILE

qrcode

LINKS

PROFILE

SEARCH

SPONSORED LINKS